先日の11月13日に
ホリスティック医学シンポジウムが
オンラインで開催されました。

今回は江原啓之さんに
出演して頂いたこともあり、
1500名以上の申し込みがありました。

テーマは「死から生を考える」で、
江原さん以外の演者では、
帯津良一先生と船戸崇史先生が
講演をされました。

このブログでは、
江原さんの講演内容の紹介に加え、
私の感想や思い、考えも一緒に
お伝えしたいと思います。

15年前に関西のシンポジウムに
私が江原さんを
お呼びしたのがきっかけとなり、
以来、4~5回講演で
ご一緒させていただきました。

その際、いつも思うことですが、
江原さんは本当に地に足のついた
スピリチュアリストだと思います。

スピリチュアに関心を持つ多くの人は、
病気や不幸、悩み事について
すべてスピリチュアルに原因をもとめ、
スピリチュアルなものを中心に考える
傾向にあります。

しかし、今、私たちは肉体を持って
この世に生きているのです。

そうであれば、幸も不幸も含め、
すべてを受け止め、悩み、考え、
今、この世でできることをしっかりと行い、
現実を直視して生きるべきだと
江原さんはいつも主張しています。

このあたりが、
一般のスピリチュアル系の人とは
一線を画しているところだと思います。

今回の江原さんの話の前半は
スピリチュアリズムに基づいた話でした。

江原さん自身、4歳で父を亡くし、
15歳で母を亡くし、
天涯孤独となりました。

その際、いったい両親が
何を悪いことをしたと言うのか、
どうして愛する人と
別れないといけないのかと、
神をも恨むこともあったようです。

このような経験を通して、
世の中にはなぜ幸せな人や
不幸な人がいるのか、
人生とは何かを考えるようになりました。

この答えを見つけ、理解しなければ
これからの人生を生きていけないと
思ったのがきっかけとなり、
スピリチュアリズムの研究を始め、
現在に至っています。

江原さんは死後の世界を肯定し、
その視点から「生きる」ということを考え、
私たちの生き方の指針を示しています。

もし死後の世界の存在を知ったならば、
死の恐怖から脱却できますし、
離別の悲しみからも脱却でき、
さらには人生の刹那(せつな)からも
脱却できます。

死んでもそれで終わりではないと分ければ
死の恐怖はなくなります。

なぜ愛する人と別れないといけないのか、
その意味がわかれば、
離別の悲しさからも脱却できます。

また、この世は旅の通過点に過ぎず、
どんな人生にも意味があることがわかれば、
たとえ不幸だったとしても
自分の人生を呪うこともなくなります。

私たちがこの世に生を受けたのは、
「無知を智に変えるための学び」を
するためだと言うのです。

人はつまずく権利を持っています。
なぜならば、
私たちはみんな未熟だからです。

ですからこの世で、
多くの喜怒哀楽の経験をし、
多くの感動を味わうことで
「生きる意味」を学んでいるのです。

そのためには喜びばかりではなく、
失敗したり、不幸になることもあります。
でもそのような経験も学びには必要なのです。

つまずき、それを乗り越える経験なくして
学びはないのです。

人生にどんな不幸があったとしても、
そこには意味があり、
そこから学びを深めることが
人生の目的なのです。

しかし、そのことを知らず、
自分の不幸を嘆く人には
次の三つの共通点があります。

自分を哀れむ「自己憐憫」
人のせいにする「責任転嫁」
人にばかり頼る「依存心」

何で自分ばかりが
こんな目にあうのかと嘆き、
あの人が悪いと他人をそしり、
自分では何もすることなく、
ただ助けてくれる存在を探し求める、
そんなことばかりしている人が
不幸から抜け出られなくなるのです。

逆に、そこから抜け出した人は
自立しており、
何事も責任の主体を自分におき、
この世の一切のことは、
自分自身が作り上げてきたものだという
認識を持って生きています。

自分の人生をどれくらい主体的に、
しっかりとコーディネートしてきたかが
最後のときに問われるのです。

まさにその人の生き様は
その人の死に様を表すというわけです。

だからこそ、どんなことがあっても、
そこから逃げるのではなく、
それに対して前向きに取り組んでいく
必要があるのです。
(続く)