前回お話した「頭」と「心」は
「理性」と「感情」と言い換えることも
できます。

前者は論理的、客観的に考え、
後者は、感じるままに直感で判断を下します。

この両者は全くの別物なのですが、
実際にはお互いにとって、
なくてはならない存在だということが
わかっています。

そのヒントは、150年以上前に起きた
事故の記録からでした。

それは1848年に起きた事故で
鉄の棒が頭を貫通してしまった
ゲージという男性の研究です。

当時、25歳の彼は鉄道拡張工事の
現場監督として働いていました。

その時に火薬の爆発事故が起こり、
吹き飛んだ1メールの鉄の棒が
彼の頭を貫通してしまったのです。

彼は奇跡的に一命をとりとめました。
左目の視力は失ったものの右目は見え、
言語や記憶や運動機能には
大きな障害は見られませんでした。

しかし事故によって
大きく変化したことがありました。
それは人格です。

以前は頭が切れ、エネルギッシュで
粘り強い性格の持ち主であり、
自分で立てた計画を
うまくこなしていました。

しかし、事故後からは移り気で、
気まぐれで他人に敬意を払わず、
自分で立てた計画も
こなせなくなってしまったのです。

そのため、もはや現場監督の仕事を
することはできなくなってしまったのです。

彼は合理的な決定や判断が
できなくなってしまっただけでなく、
感情もなくなってしまいました。

なぜ、そのようなことに
なってしまったのでしょうか。

それは、損傷した脳の部位が、
感情にかかわる身体反応を生み出す信号を
送り出す領域だったからです。

現代でも同様のケースはあります。

ゲージと同様の部分に脳腫瘍ができ、
その切除術を行ったある患者さんは、
彼と同様、人格が変わってしまいました。

それまでは人格者で
社会的にも成功していた彼は、
術後、知覚やIQには
変化がなかったにもかかわらず、
性格が気まぐれになってしまい、
合理的な判断や決定ができなくなり、
感情も持てなくなってしまったのです。

このような事実から、
感情を感じられなくなると
合理的に物事を考えられなくなり、
適切な判断や決定、行動がとれなくなると
考えられるようになりました。

理性と感情は
全く別のものように思われていますが、
実は水面下では
お互いが連絡を取り合うことで、
うまくバランスを取っていたのです。

通常、感情に伴う身体反応、
つまり興奮による発汗によって
皮膚の伝導率が変化するのですが、
脳腫瘍や外傷の部位によっては、
知能には全く変化がないにもかかわらず、
その皮膚電動反応が
認められなくなってしまうのです。

要するに感情に伴う身体反応の信号が
脳に伝わらなくなってしまうのです。

このような事実から、
意思決定においては、感情の身体反応が
重要な信号を提供するという
「ソマティック・マーカー仮説」という
理論も提唱されています。

感情的な人は理性的に考えるのが苦手ですし、
逆に理性的な人はあまり感情を出しません。

そのような経験から、
理性と感情は相反するものであり、
対立的なものであるかのように
思う人も少なくありません。

しかし、
今までお話したことからわかるように、
理性と感情はお互いが対立するものではなく、
お互いを助けあっている存在なのです。