藤井聡太が最年少でタイトルを獲得したことで
がぜん彼に興味がわいてきました。
そこで彼に関する本や雑誌を調べ、
読めそうなものを何冊か買って読みました。

将棋の実際について書いた本もあるのですが、
これは私にはわからないので、
主に、物語やエピソードについて
書かれた本を中心に読みました。

今まで読んだ本は以下のものです。
「藤井聡太 名人をこす少年」(日本文芸社)
「証言 藤井聡太」(別冊宝島編集部編)
「頂へ 藤井聡太を生んだもの」(中日新聞社)
「天才 藤井聡太」(文春文庫)
「藤井棋聖誕生」(サンスポ特別版)

藤井少年が将棋と出会ったのが5歳のときです。
おばあちゃんが初孫のために
「スタディ将棋」を買ったのですが、
それに最初に食いついてきたのが
末孫の藤井少年でした。

ちなみにおばあちゃんは
将棋には全く興味がなく、
ルールも知らなかったそうです。

それ以来、将棋の面白さに目覚め、
以後、どんどんのめり込んでいきました。

対戦をせがむ藤井少年の相手ができる人が
周りにはいなくなり、
たまたま近所にあった
「ふみもと子供将棋教室」に
5歳のときから通い始めました。

そこの教科書ともいうべき
「【決定版】駒落ち定跡」という
A5判480ページを1年でマスターしてしまい、
あっという間に20級から4級になりました。
これは未だに破られない教室の最速記録です。

この子供教室では詰将棋の問題集もあり、
これにも藤井少年はとても興味を持ち、
積極的に解いていました。

詰将棋とは、ある特定の局面から
敵の「玉」を捕らえる手順を答えるもので、
唯一の正解を見つける将棋のパズルです。

詰将棋は一手詰めからありますが、
藤井少年は小学校3、4年の頃には
すでに五十数手詰めの難問を解いていました。

その頃には地元愛知県の将棋関係者から
知られる存在になっていた藤井少年でしたが、
一気にプロ棋士の注目を浴びたのが
詰将棋解答選手権でした。

プロ棋士も参加するこの選手権に、
小学校2年生の時に初参加し、
小学校6年のときには、
並みいるプロをよそ目に初優勝、
しかも唯一の全問正解だったいうから
恐れ入ります。

しかも藤井少年が全10問を解き終えて
部屋を出て行くとき、
当時タイトル保持者として
参加していた久保利明王将は
まだ3問目を解いている
ところだったというのです。

彼はその後も詰将棋解答選手権で優勝し続け、
現在5連覇中です。
(今年はコロナ騒動のため中止)

プロ棋士になるためには、
プロを養成する奨励会に入る必要があります。
藤井少年は小学校4年のときに
6級で奨励会に入会しました。

そして中1のときに史上最年少で
3段に昇段しています。
プロ棋士になるためには、
年2回行われる3段リーグで
成績上位2名以内に入らなければなれません。

ここを1期で抜けてプロになったのは
過去7人しかいないのですが、
藤井少年はトップの成績で一期抜けします。
その結果、14歳の史上最年少で4段となり、
晴れてプロ棋士になったのでした。

プロ棋士になると、
デビュー戦からいきなり29連勝という、
前人未到の記録を打ち立ててしまいました。

これにはプロ棋士もみんな驚いていましたが、
実は、それよりも
さらに多くのプロ棋士たちを驚かせたのが
「炎の七番勝負」です。

これはAbemaTVが企画したもので、
非公式戦とは言うものの
とんでもない企画でした。

これが行われたのは藤井4段が
デビュー後まだ8連勝中くらいのときです。

この企画は、プロデビューしたばかりの
14歳の中学生である藤井4段と
7人のそうそうたるたる棋士が
次々と戦うという企画でした。

対戦相手は羽生善治三冠(当時)をはじめ、
タイトル経験者やA級棋士らであり、
人気、実力ともに棋界を代表する7人です。

そんな経験豊かなトップクラスの棋士が
いきなり新人の棋士と戦うのですから、
当初は1勝か2勝できたらいい方だというのが
大方の見方でした。

ところがこの七番勝負に
藤井4段はなんと6勝1敗という成績を
残したのでした。

しかも非公式戦と言いながらも
羽生善治三冠をも破ってしまったので、
当時はニュースにもなり、
世間一般からも
一気に注目を浴びることになりました。

この年、公式戦29連勝のみならず、
記録4部門の制覇もしています。

記録4部門とは同一年度での
最多対局、最多勝、勝率1位、最多連勝を
言いますが、
4部門を同一年度ですべて受賞したのは
過去には羽生9段しかいません。

また朝日杯オープン戦という
全棋士参加の棋戦では、
15歳の時に史上最年少で優勝し、
これまた史上最年少で6段になりました。

この戦いは公式戦で初めて
羽生9段を破ったことで有名ですが、
この朝日杯オープン戦での優勝は、
言ってみれば、
中学生がいきなりオリンピック陸上100m走で
優勝するようなものです。

それ以外の最年少記録も次々と塗り替えています。
7段、8段への昇段、新人王、タイトル挑戦、
タイトル獲得、タイトル2冠獲得などは
すべて最年少記録が塗り替えらえました。

また3年連続で勝率8割を超えたのは
藤井2冠ただ一人です。

今後期待がかかるのが
3冠~8冠の獲得です。
7冠までの最年少記録は
羽生9段が持っていますが、
これをすべて抜く可能性は十分にあります。

羽生9段が7冠制覇したときには
叡王というタイトルはありませんでしたが、
現在はこれを含めると8冠となります。

これらのタイトルを同時に取るというのは
とてつもないことですが、
藤井2冠ならやってくれるのではという
期待は膨らむばかりです。

今後も藤井2冠の活躍を
見守っていきたいと思います。