先月、初めてZoomを通しての
カウンセリングを経験しました。

一方的な講演とは異なり、
相互作用的かかわりを
常に必要とするカウンセリングは
想像以上にやりにくいものでした。

まず気になったのは、
両者の声が重なるときに
会話が聞き取りにくくなることです。

通常、クライエントが話をし、
それに対して私が
「そうですね」と相槌を打つのですが、
そのとき微妙に声が重なりますが、
それが特に問題になることはありません。

ところがZoomは、
どちらか一方の声が優先されるため、
その瞬間、相手の声が
聞こえなくなってしまうのです。

リアルカウンセリングでは、
そのようなことは絶対に起こりません。

ですから相槌を打つタイミングも
重ならないように意識するなど、
余計な神経を使わなければならなくなり、
そのためか、いつものようには
集中できませんでした。

また、クライエントの悩みを聴く場合、
その解決のヒントを見つけるために、
私はいくつかの方向性を頭に思い浮かべます。

ところが画面を通しての
カウンセリングの場合は、
実際のカウンセリングに比べて、
明らかに話を進めるべき方向性が
頭に浮かびにくいのです。

なぜそのようなことが起こるのか、
いくつかの理由が考えられます。

ひとつは、リアルの場合は、
相手の表情やしぐさの変化と言った反応が
つぶさに見て取れます。

多分、無意識レベルでそれらの情報を処理し、
それも参考にしながら解決のための方向性を
頭の中で思い浮かべる作業を
しているのだと思います。

ところがZoomではその情報が
リアルほどには入ってきません。

それは、画面で見る情報からはくみ取れない
ちょっとしたしぐさや
身体の動きといったものが
Zoomではわからないということが
あるからかもしれません。

さらに大きな問題があります。
それは、お互いが正面を向いて
カウンセリングをしなければ
いけないということです。

これはかなりのやりにくさがあります。
通常のカウンセリングでは、
お互い90~120度程度の角度をつけて
座るのが基本です。

なぜならば、クライエントにとっては、
セラピストにじっと見つめられながら
話をするのはとても圧迫感があり、
とてもしゃべりにくくなるからです。

しかし角度をつけて座れば、
セラピストの顔は正面にはこないので、
あまりセラピストを意識することなく
話ができます。

セラピストにとっても同じことです。
クライエントの顔を正面に見ながら
話をするのは、
何ともやりにくいものです。

だからこそ、この位置関係が、
Zoomカウンセリングをやりにくくさせ、
いつものような力が発揮できない
最大の原因ではないかと思ったのです。

また、カウンセリングとは別に、
相互作用的かかわりをするものに
Zoom飲み会があります。

これも経験させてもらいましたが、
リアル飲み会とは似て非なるものでした。

通常の飲み会の場合は、
一人の人の話を皆が聞く必要はなく、
話をしたい人同士で話をすればよいのですが、
Zoom飲み会では、
そのような身勝手な?行動は許されません。

一人の人がおしゃべりをしているときは、
興味がなくてもその人の話を聞かざるを得ず、
なんとも窮屈なものでした。

皆さんが同時に
ワイワイしゃべるということはできないので、
当然、盛り上がりにも欠けます。

さらに、機械的に分割された顔の映像が、
パソコンの画面を覆うため、
生身の人間と酒を交わすというような雰囲気にも
なりにくいと思いました。

そんなわけで、
Zoomを通してのカウンセリングや飲み会は、
どうも私には合わない気がしました。

会議などのように、
客観的な視点でのやり取りであれば、
目的はそれなりに果たせるでしょうが、
実際のカウンセリングや飲み会では、
お互いの気持ちや感情が伴います。

感情が伴うやり取りをZoomでやるのは、
何ともやりにくいという印象を
一連の経験を通して私は感じました。

ところが、今回のコロナ騒動で、
Zoomなどによる遠隔での話し合いが
一般的になりつつあります。

Zoomの便利さやメリットは認めつつも、
それに慣れてしまうことで、
機械的で淡々としたかかわりが一般的となり、
感情を伴うリアルなやり取りが、
蔑ろにされてしまうようになるのではなないかと
一抹の不安を感じています。

そんなわけで、私は今後も
カウンセリングや飲み会に関しては、
リアルにこだわっていきたいと
改めて思った次第です。