医療現場では、
投与する薬のことにせよ、
検査結果にせよ、
今後の見通しにせよ、
患者さんや家族にしっかりと
説明をするというのが常識です。

もちろん私もその考え方に
大方、異存はありません。

ただし、どんな患者さんであろうと
きちっと説明をすべきだという考えには
賛成できません。

なぜならば、
説明を聞きたくない人や、
説明することで不安が強くなる人が
確実にいるからです。

このような患者さんの場合は、
当然、それなりの配慮が必要になります。

例えば、
新しい薬を処方する場合などがそうです。

私は患者さんによく、
モルヒネをはじめとする
医療用麻薬(オピオイド)を処方します。

その際、
これは麻薬系のお薬ですと説明すると、
それだけで怖がってしまい、
飲むのをためらう患者さんが
少なくありません。

この場合は、
明らかに患者さんに誤解があります。

患者さんは、
医療用麻薬は最後に使う薬だとか、
それを飲むと中毒や廃人になるとか
頭がおかしくなる、
といった誤解をしている人が
たくさんいます。

そうではないと説明しても
抵抗を拭い去れない患者さんは
少なからずいます。

たとえ、飲んでくれたとしても
不安を持ちながらの内服は、
副作用が出やすくなることが
知られています。

ですから、患者さんにとって
マイナスの影響を最小限にするために、
医療用麻薬とは言わずに、
強い痛み止めだと説明して
処方することも少なくありません。

もちろん、これはモルヒネですか?
などとたずねられたら正直に答えます。

そのうえで拒否されたら仕方ありません。
医療用麻薬ではない通常の鎮痛剤で
対応することを考えます。

ただ、このような対応は
一般的ではありません。

きちっと説明せずに処方して、
何か事故につながったらどうするんだと
お怒りを受けることは必至です。

でも、私としては
あまり不安を引き起こすような話はせず、
あっさりと処方する方が、
メリットが大きいと判断した場合は
そうしています。

何かあったらどうするんだと
心配する医者の中には、
患者さんのことよりも、
問題が起こったときに、
自分の責任を問われることへの心配から
そう言っている人が
少なからずいるのではと思っています。

このような医療者側の心配は、
インフォームドコンセント、
つまり「同意と説明」という言葉の普及に伴い
強くなってきたように思います。

検査にせよ、治療にせよ、
そこには必ずリスクが伴い、
ときには死ぬこともあります。

ですから、効果面のみならず、
リスク面も患者さんに
十分に理解してもらったうえで、
検査や治療をするというのは
医療では常識になっています。

皆さんも、検査や治療を受ける際、
同意書というものを
もらった経験があると思います。

本来は、十分な説明をしたうえで
同意してもらうというのがルールですが、
検査の場合などは、簡単な説明ですませ、
あとは同意書にサインをしてもらえば
一応、「説明と同意」をしたことになります。

ではなぜ、このようなことを
するようになったのでしょうか。

それは、何か事故があって
訴えられた場合に備え、
ちゃんと説明しましたし、
患者さんもそれに同意しましたという
証拠を残す必要があるからです。

つまり医療者側の
保身のための手段であり、
必ずしも患者さんのための
ものではないのです。

アメリカは医療訴訟が
日本と比べものにならないくらい
多くあります。

そのため、医療者の防衛手段として
作り出されたのが
インフォームドコンセントの始まりです。

それが、日本にも取り入れられたのが
1990年のことです。

ですから、
CTの造影検査の同意書を読むと、
後遺症の残るような副作用が生じる可能性は
2.5万人に1人おり、
亡くなる可能性も40万人に1人います、
といったことが書いてあります。

長い同意書をしっかり読む人は
ほとんどいないと思いますが、
万が一の事故が
起きたことのことを考えると、
このようなまれなことも
書かないといけないことになります。

その結果、
死ぬ可能性がある検査だったら、
私は受けません!などと言われ、
必要な検査を拒否された結果、
病気の発見が遅れ、
手遅れになったということも
起こりえます。

こんな人が、
40万人に1人以上いるようなら、
検査で死ぬかもしれないなどという、
不安を煽るだけの稀なことなど、
書く必要はないと思うのですが…

検査や治療をするさいには、
説明することの
メリットとデメリットを天秤にかけ、
その上でどこまで説明をするかを
判断したうえで、
説明するか否かを決めるべきだと
私は思っています。

ですから、
すべての患者さんに
同じように説明をしてしまう
杓子定規な対応には、
違和感を禁じえないのです。