私は緩和ケア医として20年にわたり
たくさんの末期がんの患者さんや
その家族を見てきました。

当然のことですが、
患者さんやその家族の思いを
大切にするというのは
緩和ケアの基本中の基本です。

ただ、患者さんや家族によっては
ときとして、
医療者に不安を抱かせるような
言動が見られる場合もあり、
それに戸惑うナースはいます。

以前、このような患者さんがいました。

60歳代の子宮がんの患者さんでしたが、
西洋医学よりも、本人や家族が信じる
食事療法やサプリメントを
信奉していました。

当然、手術や化学療法は受けず、
痛み止めをはじめとする薬も
必要最小限のものしか
服用しないという患者さんでした。

毎日、習慣として特殊なプロテインを
ずっと飲み続けていたのですが、
病状の悪化に伴い、
それが飲めなくなってきたのです。

本人は、
毎日大量のプロテインを飲むことに
苦痛を感じていたのですが、
家族は「飲まないとがんが治らない!」
と言って、
強く飲むことを勧めていました。

そうは言ってもやはり限界はあります。
ついに飲めなくなってしまったのですが、
すると今度は、
家族が胃ろうを作ることを
強く望んできました。

胃ろうとは、
お腹から穴をあけ、
胃に直接チューブを差し込むことで
そこから液体系の栄養剤などを
入れることができるようにする
というものです。

最初は乗る気でなかった本人も、
家族の説得や励ましもあったのでしょう、
胃ろうを作ってプロテインを毎日摂り、
それでがんを治すという強い思いを
持つになりました。

胃ろうを作った結果、
毎日プロテインを摂ることが
できるようになったのですが、
本人や家族の意とは裏腹に、
病状は次第に悪化していきました。

在宅診療に移行してからも、
胃ろうからのプロテインの摂取は
続いていたのですが、
次第に訪問看護師が
不安を覚えるようになりました。

なぜならば、この家族は、
現実を十分に理解していないのではと
思うような言動が見られたからです。

病状は日に日に
悪化しているにもかかわらず、
家族はプロテインを続けているから
絶対に大丈夫、よくなると言い、
本人を励まし続けていたのです。

もしも、
このまま最期を迎えたとしたならば、
家族が「こんなはずではなかった!」、
「どうにかしてください!」などと言い出し、
トラブルにでもなったら
どうしようという不安を
訪問看護師は感じていました。

そんな時、たいていナースは、
「家族は現実を
まだ理解していないようなので、
ちゃんとわかるように
しっかりと説明してあげて下さい」と
私に頼んでくるのです。

でも、私はそのお願いをいつも断わります。

なぜならば、
それは患者さんや家族のために
ならないからです。

もちろん、本当に現在の病状を
知らないのであれば、
これはしっかりと
説明しなければいけません。

でも、このような患者さんは、
十分な説明を受けたうえで、
西洋医学的な治療を拒否し、
自分らの信じるやり方で
治療を続けているのですから、
現実はわかっているのです。

ただ、その現実を信じたくないし、
受け入れたくないだけなのです。

逆に言うと、
現状をわかっているからこそ、
それを打ち消すかのように、
「大丈夫!絶対によくなる!」と
患者さんに言うと同時に、
自分にも言い聞かせているのです。

そんな家族に、さらに現状を説明し、
「近々亡くなるであろうことは
わかっています」などという
理解を保証する言葉を
あえて言わせようとするのは
酷というものです。

このナースは、
家族の表面的な言動にばかり
とらわれてしまい、
言語化されない内面のことを
理解できないのです。

さらに、患者や家族の思いを
大切にするということよりも、
もしもトラブルになったら
どうしようという保身の思いが先行し、
余計な心配をしてしまうのです。

このようなナースには、
上記のような説明をしたうえで、
もう少し家族を信じてあげたら
どうですかと言うことにしています。

実際、この家族も最後は、
「ありがとうございました」と言って、
冷静にそのときを迎えられたと
言っていました。

人は表向きの言動と、
内面にある本音の部分とは
正反対であることはしばしばです。

表向きの言動ばかりに
囚われるのではなく、
内面にある無意識の本音も
くみ取る力を培ってもらいたいものです。