人は誰でもごく当たり前に
ウソをついています。

ただし当の本人は
ウソをついているという自覚が
全くありません。

例えば、ごく一般的なウソは
「もう最悪!」
「みんな言っているよ」
「いつでも相談して下さい」などです。

これらは、明らかにウソですが、
ほとんどの人はその自覚はありません。

例えば、最悪!と言いながら、
実は、最悪ではないことはわかっています。

これは、最悪と思ってしまうほど
ひどいという意味で、
多少極端に、ときには面白おかしく言うための
表現であることがほとんどです。

「みんな言っているよ」と言われても、
実際に言っているのは、
数人だったりするのが普通です。

「いつでも相談して下さい」と言いながら、
実際には夜中や忙しいときには
連絡などしてほしくないと思っています。

ただし、これらの言葉が
日常会話として話されている限り、
問題になることはまずありません。

ところが、
カウンセリングや
悩み相談といった状況の場合は
そう単純な話ではないのです。

なぜならば、
みんな真剣にそう思っているからです。

例えば、深刻な悩みや問題の場合、
「もう最悪です」と言う場合、
本当にそう思ってしまっている場合が
しばしばあります。

自分のついているウソを
真実だと思い込んでしまっているのです。

そんなときには、
実はそれほど悪い状態ではないとか、
最悪と思っていたけど、
なんとかなりそうだと思ってもらえるような、
そんな対応をするのが有効です。

例えば、
「そんな最悪の状況にもかかわらず
どうやって何とかやってこられたんですか」
といった質問をします。

すると、
そんな最悪の状況であったとしても、
「できている事実」に
目を向けることができるのです。

そうすれば、
最悪と思っていたけども、
実はそうではなかったということに
自ずと気づけるのです。

「みんな言っている」と言われ、
落ち込んでいる人に対しても
質問を通して、
そのウソに気づいてもらうことができます。

ある人が、
「Aさんはのろまでイライラする」と感じ、
そのことを二人の友人に言ったところ、
二人とも「そうね」と
相づちをうったとしましょう。

これで3人は
「Aさんはのろま」と
言ったということになります。

これでもう「みんな」と表現するのに
十分な人数なのです。

そのため、
その事実をAさんに言う際には、
「みんな、あなたのこと、
のろまでイライラするって言っているよ」という
言い方になります。

Aさんはそれを真に受け、
「みんな」がそう言っていると思って
落ち込むことになります。

そんな場合は、
「みんなって、具体的には誰?」と
たずねてあげればよいのです。

そうすると、
確かに何人かの意地悪な人たちは、
そのようなことを
言っているということは確認できても、
ほとんどの人は、
そんなことを言っていないという事実に
気づくことができるのです。

素直な人は、
このような「ウソ」を
すぐに信じてしまうのです。

だからこそ、
「ウソ」に騙され、落ち込んでいる人に
立ち直ってもらうためにも
このような質問は有用です。

一方、よいウソもあります。
その代表が「いつでも相談してください」
というウソです。

もしも、
「朝早くや夜遅く、あとは忙しいときを除き、
かつ、私の気持ちに余裕があるときには
相談にのりますので、
いつでもご連絡ください」などと言われたら、
本当は連絡などしてはいけないんだと
思ってしまいます。

ですから、
相手に安心感を持ってもらうためにも
このような場合は、
ウソをついた方がよいのです。

もちろん、
このような良心的なウソでも、
ばれることはあります。

先日も、外来を受診した患者さんの家族に、
「心配なときは、
いつでも来てくださって結構です」と
いつものように「ウソ」を言いました。

しばらくして、
患者さんが食べられなくなったのを
家族が心配し、
本人を連れて病院に来たのですが、
その日はたまたま私が休みでした。

結局、救急当番の先生に臨時で診てもらい、
そのまま入院となりました。

でも、その家族は当番医に
「いつでも来ていいと言うから来たのに
診てもらえないってどういうことですか!」と
少々お怒りだったようです。

まあ、そんなこともたまにはありますが、
よいウソによって安心してもらえる人の方が
圧倒的に多いので、
これからもこのようなウソは
言い続けるつもりです。

このように、
人は無自覚にウソをついているのです。

その意味で、人は所詮、
ウソつきな生き物だと
私は思っています。