みなさんは、
男性は運動能力が高いとか、
女性は数学が苦手、
高齢者は記憶力が低下すると
思っているところはありませんか?

実は、われわれの社会では
一般的風潮として、
このような思いを持つ傾向があり、
その考えを受け入れているか否かに関係なく、
それにかなりの影響を
受けてしまっているという事実があります。

もちろん、
運動能力の高い女性もいれば、
理系女子(リケジョ)も普通にいますので、
それらが正しいとは
必ずしも言えないということは
誰でもわかっています。

にもかかわらず、
そのような思いの傾向が
見えないところで
人に影響を与えているのです。

このような、
個人ごとの特徴を無視し、
一般的傾向を一括りにして
特徴づけて見ることを
ステレオタイプと言います。

アメリカであれば、
「黒人は暴力的」
「白人は黒人より知的レベルが高い」
などがそれです。

実は、このステレオタイプが、
無意識レベルで人に影響を与え、
その人の能力が
十分に発揮できないようにしているのです。

そのことを様々な研究で明らかにし、
一冊の本にまとめたものが
クロード・スティール著の
「ステレオタイプの科学」(英治出版)です。

この本は、
私たちが社会の風潮を
受け入れようが受け入れまいが、
無意識レベルで
それに影響を受けてしまうことを
多くの研究をもとに実証しています。

例えば以下のような実験があります。
現代社会では、白人は黒人に比べ、
運動神経が鈍いというステレオタイプが
広く知られています。

そこでまず、白人学生に対して、
「ゴルフで運動神経を測定する」と告げた場合と
そのようなことを言わなかった場合とで、
違いが生じるかを実験しました。

すると言われなかった場合に比べ、
言われたときの方が、
成績が落ちたのです。

逆に、黒人学生の場合は、
どちらの場合も、
成績には違いがありませんでした。

この場合、白人学生は
「白人は運動神経が鈍い」という
ステレオタイプに影響を受けた可能性が
考えられます。

一方、
「スポーツ・インテリジェンスを測定する」と
告げた場合と、
何も言わなかった場合についての実験も
行われました。

すると今度は、結果が逆転したのです。
つまり、白人学生の場合は、
成績に違はありませんでしたが、
黒人学生の場合は、
事前に告げられた方が明らかに
成績が落ちたのでした。

これは、黒人学生には、
「黒人はインテリジェント(知的)ではない」
というステレオタイプが影響したと考えられます。

このように、
自分自身は
そんなことはないと思っていても、
無意識レベルでは
大きな影響を受けてしまい、
結果として自分の能力が
発揮できなくなってしまうのです。

では、なぜこのようなことが
起こるのでしょうか。

それは、ステレオタイプに抗い、
自分は女性だが数学はできるとか、
私は白人だが運動能力が高いということを
証明してやるという無意識レベルでの抵抗が
かえって緊張感を高め、集中力を奪い、
結果にマイナスの影響を与えて
しまうからだというのです。

もちろん、
本人はそんな自覚はありません。
すべては無意識レベルでの反応なので、
当然、気づかないのです。

しかし、ステレオタイプが
自分の能力を発揮することを妨げ、
結果にマイナスの影響を与えることは、
多くの研究で実証されています。

このようなステレオタイプは
人種の違いや性別のみならず、
出身地や年齢などによるステレオタイプでも
影響を受けます。

例えば、多くの男性の中で働く
たった一人の女性社員は、
その力や能力を十分に発揮できない
可能性があります。

同様に、関西出身者で占められている部署に
ひとり関東出身者がいる場合や、
他のメンバーと年齢が大きく異なる人が
一人含まれている場合などでも
同様のことが起こります。

なぜならば、そこには暗黙裡に
「女性は男性より仕事ができない」
「関東人はノリが悪い」といった
ステレオタイプが存在しているからです。

つまり、多数派が少数派に対して抱く
ステレオタイプが影響を及ぼし、
たとえ能力があったとしても
その力を十分に
発揮できなくなってしまうのです。

ただし、このような場合でも、
少数派の人がある一定数にまで増え、
もはや少数派であるがゆえの居心地の悪さを
感じなくなった場合には、
ステレオタイプの脅威は消え、
その人本来の力を発揮できるようになります。

私は緩和ケア病棟で、
十数名の女性ナースの中で
たった一人の男性の緩和ケア医として
働いています。

以前より、なぜか緩和ケア病棟での仕事に
微妙な居心地の悪さを感じていたのですが、
それは、他に医者がおらず、
かつ男性スタッフがいないという
二つの少数派の条件がそろっているためではと
この本を読んで思いました。

だから、病棟では自分の力を
十分に発揮できないんだと
自分で自分を慰めている次第です。