先週の話の中で、
自分の価値を明確にすることの大切さを
お話しました。

このことは、ラス・ハリスの本に限らず
たいていの本には書いてあります。

特に夢を叶える、目標達成、自己実現
といった類の本には
自分の価値観や本当にやりたいことを
明確にすることの大切さが
必ずと言っていいほど書いてあります。

ただ私は少々、このことについては
疑問を持っています。

もちろん、自分の価値観を
はっきりさせることは大切です。

しかし実際には、そう簡単には、
自分が最も大切にしている価値観など
わからないからです。

たとえ価値観が明確になったとしても、
それが本当に目標に向けて前進するための
原動力になるのかどうかということも
正直言ってよくわかりません。

それはそうと、
自分の価値観を見つけるための方法として
一般的なのは以下のようなものがあります。

小さい頃から今現在に至るまで、
自分がどんなことに夢中になったか、
どんなことに惹かれたか、
どんなことに喜びを感じたかなど
できるだけ列挙します。

さらに、その中で最も大切だと思うものを
5~6個選びます。

私の場合だと、
プラモデル、マジック、数学、
幕末の志士、心理療法、酒
といったところでしょうか。

あとはその背景にある
価値観を探していきます。

上記の例でいくと、
プラモデルからは、
細かい作業や作る喜びといった
価値観が出てきます。

マジックからは不可能を可能できる楽しみ、
数学からは論理的思考といったところでしょうか。

同様に、
世の中を変えたい、
相手の心に影響を与えたい、
皆でワイワイ楽しみたい、
といった価値観も出てきます。

また、とても感動したことや
怒りを感じたこと、
尊敬する人などには、
自分の価値観が反映されているため、
これらのことを通して
自分の価値観を考えるという方法もあります。

私は、これの方法とは別に、
私は自分の人生を振り変えることで、
自由気まま、独立独歩、
自己成長といった価値観も
持っていることがわかります。

このようにして、
自分の根底にある価値観を明確にし、
それに基づいて、
これからの人生を考えていけば
目標も明確になるし、
それに向かってのエネルギーも
わいてくるというわけです。

しかし私の場合、
これらの価値観が明らかになっても、
それが目標に向かう原動力には
あまりなっていない気がするのです。

確かに、心理療法は大好きですし、
今でも本屋に行くと、
そのような類の本を買うことが
多いのも事実です。

しかし、だからと言って、
将来何をしたいのか、
どんな未来を作りたいのかと
たずねられても、
あまり確信が持てるものがありません。

もちろん、
やりたいと思うことはあります。

今やっている
ホリスティックコミュニケーションの
セミナーを発展させるとか、
カウンセリングルーム「セラとぴあ」に
もっとたくさんのお客さんが
来てもらえるようにするといったことなどです。

セミナーなどは、
やっていてとても楽しいですし、
その延長線上に生まれた「セラとぴあ」も
将来が楽しみです。

ただ、個人レベルでは楽しめるし
充実感もあるのですが、
もっと高みを目指し、
自己実現だとか社会貢献といった
大それた?話になると、
どうも頑張ろうという気持ちには
なかなかなれないのです。

なぜだろうかと考えると、
あまり壮大なことをしようという気が
今はないというのもありますが、
目標に向かって進んで行く
具体的なプランがないという方が
実際的な問題だと思います。

また、さらに先に進むためには、
多かれ少なかれ、
困難やしんどさはつきものです。

それを乗り越えてでも
やりたいという強い思いがあれば、
当然行動に移すでしょうが、
そこまでしてやらなくても
今のままで十分と思うのであれば
それ以上は動くことはありません。

つまり通常は、
目先の楽さに囚われてしまい、
先を見通したうえで、
多少の困難があっても
前へ進むという思いには
なかなかなれないのです。

行動的で意欲に満ちた人であれば、
どんどん前に進むのでしょうが、
私のような、物静かで
どちらかと言うと孤独を愛する人間などは、
若気の至りとしての行動は別として、
還暦を過ぎた今となっては
どうもバリバリやるという思いには
なれないのです。

もっとも、この辺りも人それぞれの
タイプにもよるところが大きいと思います。

必ずしも社会に影響を及ぼすような
立派な人間にならなくても、
たくさんのコレクションに囲まれた部屋で
自分の楽しみを満喫するという人生でも
よいのではないでしょうか。

そう考えると、
自分の価値観に気づくことは
大切かもしれませんが、
必ずしもそんなことに
気づかなくてもいいのではないかとも
思ってしまうのです。

それだと人生に充実感ややりがいを
感じられないと思うかもしれませんが、
そんなことはありません。

ごく平凡な日常を過ごしてはいても、
十分に楽しい人生だったと思って
亡くなる人はたくさんいます。

もしそうであれば、
充実した日々を送るためには
何が大切なのでしょうか。
そのことについては、
次回述べさせていただきます。