「動的平衡」で有名な
生物学者の福岡伸一さんは
彼の著書「動的平衡3」(木楽舎)の中で、
「記憶は遺伝するか」について書いています。

これはとても面白かったので
少し紹介させて頂きます。

私たちの身体には
37兆(60兆とも)の細胞があり、
各々の細胞の核にはDNAという
遺伝子の設計図が組み込まれています。

子どもは両親の遺伝子の半分ずつを受け継ぐため、
身体的な特徴や才能などは
遺伝的には引き継がれます。

ただし、遺伝子が引き継がれたとしても、
その遺伝子が活性化するか否かは
環境にも左右されるため、
同じ遺伝子を持っているからといって、
必ずしも同じようになるとは限らないのです。

ですから、糖尿病やがんになる遺伝子を
持っていたとしても、
食事や運動、心のケアなどがしっかりできていれば
一生涯、がんや糖尿病が発症しないという可能性も
十分にあるということです。

では、親の記憶は遺伝するのでしょうか?
これは単純に考えれば、あり得ないと思われます。

もし記憶が遺伝するであれば、
生まれながらにして言葉がしゃべれたり、
親しか知らない秘密を
子どもが知っていることになり、
考えただけでもゾッととします。

ところが、2013年に
衝撃的な論文が発表されました。

それは親が経験した記憶が
子どもにも伝えられることを証明した
以下のようなマウスによる研究でした。

マウスに、サクラの花びらの香りを嗅がせ
その直後に飼育箱の床に電流を流して
電気ショックを与えます。

これを何度も繰り返すことにより、
サクラの花の香りがすると痛い目に会うという
条件づけされます。

条件づけをされたマウスは、
サクラの花の香りを嗅いだだけで
怯えるようになるのです。

私たちも梅干しを見ると
食べてもいないのに唾液がでるというのは
そのように条件づけがされているからです。
これと同じ原理です。

条件づけがされたということは、
脳内でそのように反応するような
新しい神経回路が形成されたことを意味します。

では、この情報は子どもに伝わるのか、
それを調べたのがこの研究です。

条件づけされたマウスの子孫たちに対して
同じようにサクラの花の香りを嗅がせたあと、
電気ショックを与えることを繰り返すと、
同様に条件づけがされます。

ところが、この場合は親のときと比べ
より低濃度の香りで
条件づけができたというのです。

これは、親の学習により身についた記憶が
子孫に遺伝した可能性があるということです。

ただし、サクラの香りがすると
危険だ!逃げろ!と反応する
脳の神経回路そのものが
遺伝したわけではありません。

そのような記憶は、
その世代限りのものですが
(親の秘密の記憶は子には伝わらない!よかった)
条件づけが容易に形成される「下地」は
遺伝するということです。

研究者は子孫のマウスのDNAを調べたところ、
DNAそのものには変化はありませんでしたが、
DNAの働き方を調整する情報が
隠れた形でDNAに書き込まれていることが
わかりました。

例えば、ある曲の楽譜を見ると、
音符そのものは変わらなくても、
テンポや強弱などの指定を変えることで
音楽は変わります。

それと同じように、設計図であるDNAに
変化がなくても、
DNAの働きに変化を与えることはできるのです。

その変化を与えるきっかけとなるのが環境です。

この実験だとサクラの花の香りです。
子孫のマウスは、
サクラの花の香りという環境に触れると
親から受け継いだ「下地」のせいで、
敏感に反応するようになるのです。

このように生物は、環境とのやり取りを通して、
よりよく生き抜くための方法を
遺伝的に獲得しているのです。

このことは人にも当てはまります。
親から引き継いでいる遺伝子には
都合のよい遺伝子もあれば、
都合の悪い遺伝子もあります。

ただし、そのような遺伝子があっても、
実際には環境要因も影響するため、
実際にどうなるかは一概にはいえません。

ましてや、才能や能力、性格といったものは、
一つの遺伝子で決まるわけではなく、
様々な遺伝子の組み合わせによって
決定されるため、
話はそう単純ではありません。

いずれにせよ、私たちの経験は
何らかの形で子孫の遺伝子に
影響を及ぼすと考えられています。

今さら遅いかもしれませんが、
私ももう少し、清く正しく美しくあろうと
思いました(ウソ)。