先日、面白い本を見つけてしまいました。
「眠れないほどお面白いやばい文豪」
(板野博行著、王様文庫)です。

名前の通り、眠れない程面白く、
一気に読んでしまいました。

何が面白いかと言うと、
夏目漱石や森鴎外といった超有名な文豪も、
実はみんな本能や欲望を持った
人間なんだよなということを
まざまざと教えてくれるところです。

この本を読むと、
文豪たちに不倫や浮気、遊郭通い、愛欲生活、
借金の踏み倒し、酒癖が悪いなどは当たり前、
心中、自殺もしばしばですし、
浪費癖や廃退的生活、薬物乱用、
ニート、ストーカーなど
まあ、ここまでやる?という話が
たくさん出てきます。

今回はその一部を紹介させていただきます。

人間失格で有名な太宰治は、
4回の自殺未遂をし、5回目でついに
自殺を成し遂げますが、
うち3回は女性と一緒です。
モテましたからね。享年38歳です。

また芥川龍之介も35歳で服薬自殺しています。
芥川も格好よくモテモテということもあり、
3人の子供がいるにもかかわらず、
不倫し子供ができます。

妊娠の事実がわかると、やばい!と思い、
三か月間に及ぶ中国旅行という名のもと、
逃避行してしまいましたが。

「細雪」や「痴人の愛」で知られ、
何度もノーベル文学賞候補にあがった
谷崎潤一郎は3度の結婚をしています。

最初の妻は千代ですが、
その妹の三千子と関係を持ってしまいます。
ちなみに三千子は
「痴人の愛」のナオミの
モデルになっている人です。

妹に手を出され、
不仲になった千代に同情したのが
谷崎の友人、佐藤春夫でした。

結局、この二人も相思相愛になってしまい、
最終的には、谷崎が佐藤に
妻を譲ることになりました。

これは当時「細君譲渡事件」として
新聞でも報道されています。

二人目の美人妻との結婚生活中には、
人妻の松子と関係を持っており、
W不倫の状態になっていました。

でもこういう経験を糧にして、
すごい作品を書いていったんですね。

谷崎潤一郎と並ぶ耽美派の一人、
永井荷風もかなりのエロさです。

病弱だった荷風は37歳のときに
余生を送る決心をして身辺整理をはじめ、
57歳になったとき遺書ともいうべき
「終焉の時の事」を書いていますが、
その年から私娼街へ通い始めました。

それからは回春、享楽の道にまっしぐら、
私娼窟に通い詰めた日々の体験は
「墨東奇譚」として結実しています。

文化勲章を受章しながら、
その一方でストリップ劇場に通い詰めるなど、
なかなか人生を謳歌しています。

死ぬ死ぬと思いながらも、
結局、79歳まで生きました。
やはり、これがエロの力のなせるワザでしょうか。

ちなみに、荷風は素人には手を出さず、
相手にしたのは芸者、私娼、女給など
玄人ばかりです。
その点は、品行方正?と言えます。

そう言えば高校時代、
国語の教師に永井荷風の
「腕くらべ」を紹介され、
「鼻血ブー(死語?)になるので注意」と
言われながらも読んだのを思い出しました。

女性も負けていません。
「芸術は爆発だ」で有名な岡本太郎の母親である
小説家の岡本かの子などはすごく頑張りました。

かの子は女学校時代、
「蛙(かわず)」というあだ名が
ついていたくらいですので、
容姿の方は賛否両論的な人でしたが、
ペンネームは「野薔薇」でした。

こんな自己肯定感のきわめて高いかの子は、
夫と愛人との同居生活を送っています。

何人かの愛人が出入りしますが、
最終的に同居していたのは二人でした。

一人は恒松安夫で、
のちに島根県知事になっています。

もう一人は、かの子の「痔」の手術をしてくれた
イケメン外科医で、
彼も岡本家で一緒に住むことになります。

同じ屋根の下で、
夫と妻(かの子)とその愛人二人、息子(太郎)が
暮らしていたというのですから、
ご主人もなかなかの理解者です。

もっとも、文学を愛する人は、
みんな、こんなに飛んでいるわけではありません。

物静かで控えめな印象があるにもかかわらず、
実は、ちょっぴり頑張っちゃった文豪もいます。

「あめあめ ふれふれ かあさんが‥」
という曲の作詞をしたのが北原白秋は、
数多くの詩歌や童謡を残していますが、
隣家の人妻、俊子と不倫をし、
相手の夫から「姦通罪」により告訴され、
拘置されています。

ちなみに、姦通罪は昭和22年までは、
刑法第一八三条にあった法律で、
夫のある女性と姦通した場合は、
二年以下の懲役に処すというものです。

今はこの法律はありませんが、
それはあまりにも姦通する人が多いから??
ん~よくわかりません。

歌人の石川啄木は19歳で結婚していますが、
妻に読まれないようにという配慮から、
ローマ字で日記を書いていました。

そこには啄木が浅草通いをして
娼妓と遊んだ様子などが、
赤裸々に書かれています。

「或る女」などの名作を残した有島武郎は、
賢く美男子で品行方正だったので、
皇太子のご学友にも選ばれた人でした。

ところが、その真面目さが仇となったのか、
「婦人公論」の美人編集者であった
波多野秋子との不倫がばれ、
結局、首吊り心中をしてしまいました。

「銀河鉄道の夜」や「雨ニモマケズ」で有名な
宮沢賢治も、とてもまじめな人でしたが、
それでも「春画」をたくさん集め、
教員仲間とよく観賞したりしていました。

生徒に対しても
「猥談は大人の童話みたいなもので
頭を休めるものだ」と話したといいます。

こうして見てみると、
文豪と言われる人たちも、
みんな、欲望をもった普通の人間なんですよね。
当然と言えば当然なのですが。

他にもたくさん、
面白いエピソードが書かれています。
興味のある方はご一読を。