前回紹介した岩田先生の
「感染症は実在しない」という本を読んで、
そう言えば心療内科時代、
私は病名をつけずに患者さんの治療を
していたことを思い出しました。

もちろん心筋梗塞や肝臓がんという、
身体的な病名はつけていましたが、
私の専門であった心療内科の患者さんで、
心に関連する病名は、
原則としてつけませんでした。

なぜならば、
私は病名で治療するのではなく、
患者さんの症状を治療するという考えを
持っていたからです。

私の治療は薬ではなく心理療法でした。
患者さんの不安や落ち込み、
悪循環の行動といったものが、
安心感や希望、良循環の行動に変われば、
病気や症状は改善するという考え方のもと、
治療的コミュニケーションを用いて
治療にあたっていました。

ですから、
うつ病とか不安障害といった病名を
つける必要性が全くなかったのです。

しかし多くの医者は、
患者さんを治療するというよりも、
「病名を治療する」といった側面が
強いように思われます。

例えば、うつ病には抗うつ剤、
不安障害には抗不安薬、
不眠症には睡眠薬というように
病名に応じて薬が処方され、
性格や価値観、生活環境といった
患者さん自身にまつわる情報そのものは、
直接、治療には関係しないのです。

また、病名をつけることは、
大きな弊害をもたらすことにもなります。

どういうことかと言うと、
病名をつけた瞬間から、
医者は患者さんのことを病名そのものだと
錯覚してしまうようになってしまうのです。

例えば、Aさんという患者さんに
うつ病という診断をつけたとしましょう。

するとその瞬間から、
Aさん=うつ病というイメージが支配的になり、
Aさんがうつ病以外の何ものでもないかのような
錯覚が生じてしまうのです。

しかし実際には、
Aさんは、プログラミングが得意であり、
歌がうまく、子供好きな人という側面が
あるかもしれません。

ところが、うつ病というレッテルを貼ることで
それが全く見えなくなってしまい、
様々な知識や経験を持つAさんという存在は
うつ病という無機質で単一的な存在に
置き換えられてしまうのです。

西洋医学は機械論的な発想で治療をします。
ですから病名をつけ、
それに対して薬で治療するという
モノや機械を扱うような感覚で
治療を行うところがあります。

うつ病と病名がつけば、
あとは抗うつ剤をだして、それで終わりという
とても機械的な対応になってしまいがちです。

私はこの考え方が嫌いでした。
またそのような先入観やレッテル貼りも
したくありませんでした。

もっとも、
心筋梗塞か過換気症候群かというように、
正しい診断をつけることが
患者さんの命を救うことになるような場合は、
当然、正確な病名をつけることが必要です。

そうではなく、心理的な要因が大きいものは、
正確な病名をつけなくても治療はできるので、
なんら、問題はないということです。

そもそも病名とは、
ある概念を表す言葉やラベルに過ぎません。
ですから時代によっても変わりますし、
新しい病名もどんどん作られています。

以前はうつ病とは診断されなかった人でも、
「うつ病は心の風邪」という
製薬会社のキャッチフレーズが功を奏し?
それまで精神科医や心療内科医しか
使わなかった抗うつ剤を
一般の内科医でも気軽に使うようになりました。

すると、ちょっと眠れないと言うと、
それはうつ病の始まりかもしれませんと言われ、
うつ病という診断のもと、
抗うつ剤が処方されるように
なってしまったのです。

こうして、
以前は病気とは思われていなかった人が、
うつ病にされてしまうケースが
数多く出てきたため、
統計上はうつ病の患者さんが
急増してしまったのです。

このことからもわかるように
専門家が、これもうつ病にしようと定義を決め、
一般の医者が、あなたはうつ病ですと診断すれば、
うつ病になってしまうのです。

病名をつけるということは、
正常な人を病人にしてしまう
危険性をはらんでいるのです。

私としては、もうこれ以上、
正常な人を病人にしたくはありません。

今後のうつ病の定義の変更により
愛する人を亡くした後、
落ち込んでいる人にまで、
うつ病というレッテルを
貼られることがないよう、
願わずにはおれません。