この世の中のものは、
様々な分野でどんどん進化発展し
昔と比べたら、
格段に便利になりました。

その典型的な例は電話でしょう。
昔は固定電話が当たり前でした。

以前勤めていた病院の理事長の車に
自動車電話が備え付けられているのを見て、
自動車に乗りながら
電話ができる時代になったんだと
驚嘆したのを覚えています。

あれから20数年が経った現在は、
スマホが当たり前になっており、
携帯電話すら姿を消そうとしています。

確かに、世の中が便利になることは
よいこともたくさんありますが、
その一方で便利になることで、
失われるものがあることに
私たちはあまり気づいていません。

例えば、一昔前までは
字はペンで書くことが当たり前でしたが、
今はパソコンで書く方が一般的です。

その結果、どうなったかと言うと
明らかに漢字が書けなくなりました。

また、手で字を書くという作業は
字を思い出すだけではなく、
指の繊細な動きを伴うため、
脳の様々な機能を使う必要があります。

逆にキーボードで打ち込むという作業は、
脳のごく一部しか使う必要がなく
脳があまり刺激されなくなり、
記憶力や思考力、創造性の低下にも
つながると言われています。

計算についても同じです。
私たちの時代は、
計算は筆算か暗算でするものでした。
しかし、今はほとんどの場合、
計算機を使います。

ですから簡単な計算ですら、
計算機を使うため、
ほとんど頭を使って計算するということが
なくなってしまいました。

もうだいぶ前の話になりますが、
お店で300円のものを買い、千円札を出したら、
計算機を取り出して、
お釣りを計算し始めるのを見て、
愕然としたのを覚えています。

決して間違ってはいけないという思いが
あるのかもしれませんが、
そんな簡単な計算すら暗算でやらないのは、
はなから自分の頭で計算しようという気が
ないのではないかと思うのです。

どんな計算であれ、
計算機があれば簡単にできるし、
今ではスーパーのレジでも
お釣りの計算は自動的にやってくれるので
係の人は全く計算をする必要が
なくなってしまいました。

そのためどんどん頭を使って計算する機会が減り、
それは認知機能の低下を招くことにもなります。

ついでに言うのであれば、
カーナビができたことにより、
地図を読んだり、道を覚えたりする能力も
低下してきていると言われています。

このように、便利な道具の出現により、
文字や計算、地図などを思い浮かべ、
頭の中で作業をするという脳の機能が、
どんどん衰えていくように思われます。

便利さの追求により、
何か、目に見えない大切な能力が、
ごっそりと削ぎ落されていくような
そんなイメージが私にはあります。

多分若い頃は、
その弊害には気づかないでしょうが、
年を取ってきたときに、
徐々に明らかになっていくのではないでしょうか。

認知症がどんどん増えているのも
もしかしたらそれと
無関係ではないのかもしれません。

そうは言っても、
今使い慣れているパソコンスマホ、
計算機やカーナビを使わない生活は
考えられません。

また、加齢による脳機能の衰えは
ある程度やむを得ないところがあります。
また、巷でよく言われている
脳トレもこれらの脳機能を高めることには
ならないということも言われています。

では、どうしたらよいのでしょうか。
そのひとつの答えが運動です。

運動は脳の認知機能をはじめ、
記憶力や集中力、思考力、発想力などを
高めることが研究でわかっています。

世の中が便利になればなるほど、
歩いたり動いたりすることは少なくなり、
運動する機会は明らかに
減ってきている気がします。

最近はZoomがはやりですが、
このメリットは会場に足を運ばなくても
セミナーや会議ができるというものです。

交通費も会場費もかからないという点では
とても便利に思えますが、
ますます動く機会がなくなってしまうという
デメリットも無視するわけにはいきません。

便利さばかりによりかかりすぎると、
人間本来の力がどんどん衰え、
何か大切なものが失われていくような
気がしてならないのです。

その意味では、不便であることを
あえて意識的にやるということも
私は必要ではないかと思っています。