10月12日は台風のため電車が動かず、
映画館も臨時休業だったので、
仕方なく彦根で一日を過ごすことにしました。

普段は朝の4時台にジムに行き、
5時半頃まで運動をしています。
この日もまだ朝方は大丈夫でしたので、
ジムで汗を流し、
6時前には病院に入りました。

全く予定のない休みだと、
通常はこのあと近くにある珈琲館に行って、
ブログを書いたり本を読んだりして
3時間ほど過ごすのですが、
外は次第に風雨が強くなる気配だったので
この日はそのまま病院に留まることにしました。

気になる患者さんの回診をすませ、
あとは医局にある自分の机で、
ブログを書いたり本を読んだり、
今、マイブームの切り絵をしたりと
午後の2時半頃まで、
結構、充実した時間を過ごしていました。

外は暴風雨になりかけていたので、
すべてを切り上げて、
早めに家に帰ることにしました。

それにしても、
日中に家で過ごすなんて、
何年ぶりのことでしょう!
そんな感慨?にふけるくらい、
久しぶりの体験でした。

家に着くと、長男の嫁と孫が
わが家に避難して来ていました。
これ幸いと30分ほど孫と遊び、
その後は2階の自分の部屋にこもり、
1時間半ほど読書を楽しみました。

ちょっと疲れたので休憩と思い、
再びリビングに降りたのが16時半頃でした。

このときに、ふと気づいたのですが、
日中、自分の家にいると、
どうも落ち着かず、居心地が悪いのです。

読書に疲れたとしても、
だからと言って、ただボーッとして過ごすのは、
なんか時間を無駄遣いしているようで
じっとしていられないのです。

結局、手持ちぶさたの状況を紛らわすために、
夕方からビールを飲み始め、
たまっていた朝ドラや大河ドラマのビデオを
見ることにしました。

普通の人であれば、
ここでスマホやゲームをして
何時間も過ごせるのでしょうが、
スマホを持っていない私には
そのような選択肢はありません。

なんか、スマホをずっと見続ける人の気持ちが
分からないでもないなと思いました。

そう言えば、先日読んでいた本に
「サイエンス」という科学雑誌に載った
興味深い話が紹介されていました。
それは以下のような実験の論文です。

被験者の大学生に20分間、
できるだけ楽しいことを考えながら
ただ静かに座って過ごしてもらいます。

ただし、被験者には
電気ショックの機械をつなぎ、
最初にお試しとして電気ショックを
味わってもらいます。

この電気ショックは、
悶え苦しむほどのものではありませんが、
それなりの不快感はあります。
事実、実験前に行った質問票には
すべての被験者が、
不快だという感想を書いていました。

さらに、実験中、静かに座っている間、
もし気が向いたら、
この電気ショックを体験することができます。

それをするかしないは全くの自由意思であり、
すべて自分で決めることができます。

さて、20分間、その被験者は
どのような行動を取ったでしょうか。

なんと、男性被験者の3分の2、
女性被験者の3分の1が、
少なくとも1回、多くの人が2回以上、
電気ショックを受けることを選んだのでした。

中には、20分の間に、
190回も電気ショックを受けた人もいました。
彼の場合、計算上6秒に1回、
電気ショックを求めたことになります。

人は何もせずに静かにじっとしているよりも、
たとえ不快な電気ショックであったとしても、
何かをしている方がましだと考える人が
多いということです。

裏を返せば、何もせずに
じっとしているだけの時間を過ごすことが、
現代人にとっては
いかに苦痛なのかということを物語っています。

事実、私も家にいるとき、
何もせずにじっとしていることに
苦痛を感じたからこそ、
ビールを飲みながら
ビデオを見たのだと思います。

もしも、電気ショックを受けることしか
することが許されていなかったならば、
私もやっていたかもしれません。

以前、瞑想を2年近くしていましたが、
結局、今年の5月でやめてしまいました。

たった3分間の瞑想でしたが、
それがどうしても耐えられませんでした。
何もせずじっとしていることが
できない人間の典型です。

ボーッとして過ごすのは結構好きなのですが、
その時も散歩をしながらとか、
ビールを飲みながらとかして過ごします。

やっぱり何かしていないと
落ち着かないタイプなんだと、
再認識させられた体験でした。

皆さんはいかがでしょうか。
することがなければ、
電気ショックを受けることを選びますか?