ブログ:スマホ時代の哲学
先日、ふと目について
買った本がありました。
谷川嘉浩著、
「スマホ時代の哲学」(ディスカヴァー)
です。
哲学関連の本は好きですし、
この本を読んで
なるほどと思ったところもあったので
今回、紹介させて頂くことにしました。
私はスマホを持っていませんが、
ほとんどの人は持っており、
四六時中スマホを触っていると言っても
過言ではありません。
そんなスマホ時代に生きる私たちは、
知らず知らずのうちに
自己逃避に陥って
「迷子」になっていると言うのです。
そもそも現代社会では、
自己逃避していることに
気づいていない人がたくさんいます。
ここで言う自己逃避とは、
自分自身を見つめたり、
いろいろな人の意見や考えに
耳を傾けることをしないという意味です。
さらに言うならば、
自己中心的で常に自分が正しいと思い込み、
何でも自分で判断し自分で決めるような、
自分の中で自己完結している人のことです。
自己逃避し、
自分の中で自己完結している人は、
あまり迷うことがありません。
正確に言うと、
迷っていることに気づいていない、
もしくは迷っている自分を
認めようとしないのです。
そんな人は、先ずは自分が
「迷子」になっているということに気づき、
認識することから始める必要があります。
逆に、自分が「迷子」であることに
気づいている人は、
不安や警戒心を持っており、
世界や他者の中で起きていることに
注意を向け、好奇心を持っているものです。
だからこそいろいろなことが学べ、
自己逃避という檻から外に出られるのです。
ではなぜ「迷子」の人は
自己逃避していると言えるのでしょうか。
それは自分に向き合うことを避け、
自分だけは迷子ではないと思っており、
好き勝手に判断し行動しているからです。
これは立派な自己逃避です。
さらに言うならば
私たちは「激務」の中に生きており、
そのため自分を見つめ、
自分と向き合う時間がとれないという
状況に陥っています。
ここで言う「激務」とは、
もちろん仕事などの忙しさもありますが、
常にスマホやSNSとつながり、
YouTubeやNetflixで
動画や映画を見ながら、
その一方でLINEに対する返信を
即座にしなければならないという
状況を指しており、
これを日常の「激務」と言わずして
何と言うのでしょうか。
どうも私たちは暇だったり、
モヤモヤしている状態が
好きではないようなのです。
多くの人たちは
断片的な娯楽や刺激、おしゃべりで
細かく時間を埋め合わせることで
「快楽的なダルさ」に浸り、
「やわらかい昏睡状態」になることで、
不安や退屈を意識せずにすむようにして
時間を過ごしているのです。
本当は、自分と対話する時間や
モヤモヤした状況の中で過ごす時間を持ち、
その中で新たな気づきや可能性を
見出すことができるようになることの方が
有益な時間の過ごし方なのです。
しかし私たちは自己逃避し、
このような状況に自分を置くことから逃げ、
「迷子」になっているというのが
著者の考えなのです。
では、そんな自分から脱却するためには
どうしたらいいのでしょうか。
そこで重要になってくるのが
〈孤立〉と〈孤独〉です。
(続く)
