先日、NPO法人いずみの会の講演会で
お話しをさせて頂きました。
テーマは「がんと心の治癒力~
がんの自然寛解(かんかい)から学ぶ」でした。

昔はこのようなテーマで
よく話をしていたのですが、
最近はコミュニケーション関連の話が多く、
がんについての話は久しぶりであったせいか、
ある意味、新鮮さがありました。

がんの自然寛解とは、
がんが自然に大きくなるのが止まってしまう、
もしくは小さくなっていくという現象です。

研修医時代に、10cmほどの肝臓がんが
何の治療もせず突然消えてしまったという
患者さんを診たという経験から始まり、
心療内科時代には、がんのブループ療法を開催、
そこにがんが消えてしまった患者さんを
何人が来てもらいお話しをしてもらいました。

さらに緩和ケア医になって16年ですが、
その間にもがんが消失、
もしくは進行が止まってしまった患者さんや
腫瘍マーカーの値が1/10まで
下がった患者さんなど、
自然寛解もしくはそれに類する患者さんは
10人程度経験しました。

そんな中で感じたのはやはり
「心の治癒力」の存在でした。
何かのきっかけでスイッチが入り、
「心の治癒力」が遺憾なく発揮されると
時として、がんの進行が止まったり、
縮小したりするのです。

緩和ケア医として
たくさんの患者さんを診てきましたが、
その中で最も印象に残っているのが
70代の肝臓がんの患者さんです。

この患者さんを仮にAさんとしましょう。
Aさんは、正常値が10以下である
AFPという腫瘍マーカーの値が
50くらいになっていたため、
調べてみましょうと言われ、
調べたところ3cm程度の肝臓がんが
見つかりました。

主治医からは、これくらいなら手術をすれば
全く問題なくよくなると言われましたが、
Aさんは、もしも治療を受けなかったら
どれくらい生きられますかと
逆に主治医に質問しました。

すると、3年くらいでしょうという
答えが返ってきました。
そうであれば治療はしなくても結構ですと言い、
結局Aさんは、定期的な検査のみを受け、
治療は全くしませんでした。

そして3年が経ったある日、
私の緩和ケア外来に来ました。
Aさんが言うには、自分は末期の肝臓がんだから
あとは緩和でお世話になりたいとのことでした。

とりあえず現状を把握するために
CTと血液検査をしました。
すると、ピーク時には
6,000以上あったのがAFPは
600以下にまで低下していました。

また、3cmだった腫瘍の大きさも、
全く変化が見られませんでした。

私は何人も、
がんが自然寛解した患者さんを診てきた経験から、
Aさんも自然寛解する可能性があると思ったので、
その旨を本人に伝えました。

私はてっきりAさんは
喜んでくれると思ったのですが、
実際には落ち込んでしまったのです。

なぜならば、あと3年の命と言われたため、
その間、世界20数カ国を
ずっと旅して回っていたと言うのです

十分に満足のいく3年間を過ごし、
あとは、スーッとこの世を去りたいと思って
緩和ケア外来に来たにもかかわらず、
私によくなるかもしれないと言われ、
とてもショックを受けたとのことでした。

その後もしばらく外来で
フォローしていましたが
特に変わりないと思っていました。

ところが、初診から11ヶ月後が経ったとき
もうダメだという電話が入ったので
とりあえず外来を受診してもらうことにしました。
すると、すでに黄疸が出現、がんも数倍に増大し、
AFPも45,000以上になっていました。

すぐさま緩和ケア病棟に入院してもらいましたが、
結局その1ヶ月後にAさんは亡くなりました。

この患者さんの場合、
全く治療はしていませんでしたが、
発症から亡くなるまでの間の検査データは
しっかりと残っていました。

どうしてこのような経過を辿ったのか、
私なりの解釈をするならば、
旅行を通して喜びや楽しみ、
充実感を十分に味わうことで、
「心の治癒力」が遺憾なく発揮され、
それががんの増大を抑え、
腫瘍マーカーの低下を
もたらしたのではないかと思いました。

また緩和ケア受診後は、
楽に逝けると思っていたにもかかわらず、
まだずっと生き続けなければ
ならないという思いが、
Aさんにとっては大きなストレスに
なっていたのではないかと思いました。

それが「心の治癒力」を低下させ、
がんに対する抑えがきかなくなってしまった結果、
がんは息を吹き返し、
あっと言う間にAさんの命を
奪ってしまったのではないかと
私は理解しました。

私は、このAさんとのかかわりを通して、
がんの自然寛解には、
「心の治癒力」が大きく関与しているということを
確信した次第でした。