物事をどのように表現するかによって
相手の受けとめる印象が変わるというのは
当然のことです。

例えば、あるグループに自動車事故の映像を見せ、
「二台の車が激突したとき、
どれくらいのスピードをだしていましたか?」
と質問し、
また別のブループには
「二台の車がぶつかったとき、
どれくらいのスピードをだしていましたか?」
と質問しました。

すると前者のグループは
平均65キロくらいだと答え、
後者のブループは55キロくらいと答えたという
研究報告があります。

この二つの質問は同じ内容のことを
たずねていますが、
「激突した」という言葉を使うか、
「ぶつかった」という言葉を使うかによって、
相手に対する印象を
操作することができてしまうのです。

しかしたずねられた人たちは、
そのようなことには全く気づきませんし、
かりに二つの質問を同じ人にしたとしても
同じ質問をされたとしか認識しません。

ただし、無意識レベルでは
「激突した」と言われると
知らず識らずのうち
激しくぶつかったという判断をしてしまうため
自ずと速いスピードで走っていたと
感じてしまうのです。

また記憶にも異なる影響を与えます。
先程の二つのブループに1週間の後
「壊れたガラスの破片が飛び散るのが見えたか」
とたずねると、実際には
ガラスは飛び散っていないにもかかわらず、
「激突」グループで見えたと言う人は
「ぶつかった」グループで見えたと言う人の
二倍も多かったという報告があります。

このように、言い方や表現の仕方いかんで、
人の思いや印象を変えてしまうことは
比較的容易にできてしまうのです。

これらの言葉による操作は日常的に
行われていますが、
実際には、当の本人も操作しているとは
気づいていないこともしばしばです。

ちょっとした言い方や言い回しで
相手に異なる印象を
与えることができるという事実は
よくも悪くも私たちの心は日常的に
操作されているということを意味しています。

患者さんへの説明の仕方などでも
同様のことが言えます。
告知にせよ、悪いニュースにせよ
言い方いかんでショックの度合いを
和らげることもできれば
逆に大きくしてしまうこともできてしまうのです。

言葉とは単純なようで難しいですね。