ブログ:〈孤立〉と〈孤独〉の勧め
今の世の中は
スマホやSNS、LINEの普及により、
すぐさま対応することを求められ、
常に追い立てられているような日常が
当たり前になってしまいました。
その傾向は
仕事でもプライベートでも同じであり
スピードばかりが期待され、
「待つ」「受け止める」ことが
できなくなってしまったように思われます。
このような常時接続の世界で、
常に反射的なコミュニケーションを
求められるようになった結果、
失われたものがあります。
それが〈孤立〉と〈孤独〉です。
ここで言う〈孤立〉とは
他者から切り離されて
何かに集中している状態のことであり、
〈孤独〉とは
自分自身と対話している状態のことです。
これらは決してネガティブな意味ではなく
本来、人にとってとても大切なものなのですが
現代人はそれを失ってしまっているのです。
私たちは心静かに
自分自身と対話をするためには
物理的は隔絶状態が必要です。
だからこそ一人でいられる〈孤立〉が
必要になってくるのです。
なお、〈孤独〉と〈寂しさ〉は
全く異なるものです。
〈寂しさ〉とは、
他の人々と一緒にいるにもかかわらず、
自分はたった一人だと感じてしまい、
そんな自分を抱えきれずに
他者を依存的に求めてしまう状態のことです。
スマホは、この〈寂しさ〉からくる
「つながり」や「退屈を埋めたい」という
ニーズにうまく応えてくれます。
スマホからもたらされる情報の波は、
私たちを刺激の渦に巻き込み、
退屈や不安を覆い隠してくれます。
ところがふとした瞬間に立ち止まったとき、
「あれは何だったんだ」と虚しくなったり
つながっているけど独りぼっちであることを
実感したりすることになります。
だからこそ、
〈孤独〉である時間が必要なのですが、
常時接続に身を委ねている私たちは、
不安を「つながり」や「シェア」で
埋めてばかりいるため、
他人だけではなく自分の感情や感覚を
繊細に受け止め、掘り下げていくことが
とても下手になってしまいました。
常時接続の世界は、
〈寂しさ〉に振り回されるだけではなく、
何かに集中し、それを掘り下げていくための
自己対話の機会である〈孤独〉をも
奪い去ってしまったのです。
そんな状況を打開するためには
どうしたらいいのでしょうか。
そのひとつが自己対話を促すような
「趣味」を持つことです。
例えばスイカを育てるとか、
文章や詩を書くとか、
「何かを作ること」が重要になると
著者は述べています。
なぜならば、スイカでも文章でも
自分の外側にあるものの存在は、
そこに対話を生じさせる可能性が
出てくるからです。
ただし、だからと言って
すぐさま何か明確な答えが
返ってくるとか、
大切なことに気づけるという
わけではありません。
そこには消化しきれない
モヤモヤしたものが必ず立ち現れます。
そんなすっきりしないものと
共に歩み、連れ歩くという姿勢が
「ネガティブ・ケイパビリティ」と
言われる能力です。
答えを安易に求めるのではなく、
答えの出ないモヤモヤした状態を
そのまま受け止めることができる力、
そんなネガティブ・ケイパビリティは
自己対話を成り立たせている能力として
とても重要なのです。
いかがでしょうか。
面白いと思った方は
「スマホ時代の哲学」を読んでみて下さい。
