ブログ:病気の人が「病人」とは限らない!

先日、ある王手予備校から
封書が届きました。

模擬試験の題材に
私の著書の中の文章が使われたという
事後報告でした。

試験問題に利用するといった
秘匿性が高いケースでは、
事後報告になるのが普通です。

この場合、著者に対して
文章使用料が支払われるルールになっており
私の口座にも振り込まれていました。

ただし1,000円ですけど。

まあ、いっさい何もせずに
振り込まれるお金ですので、
文句は言えません。

そこで使われた文章は
私は心療内科医のときに診た
40代の乳がん患者さんについてのものでした。

彼女はアメリカ人と結婚し、
アメリカでの生活を長く経験していました。

乳がんと診断され手術を受けたのですが再発、
これ以上の治療が困難となったため、
5歳になる娘さんと一緒に帰国し、
実家で過ごしていました。

日本では心理的なサポートも希望されたため
私が診ることになりました。

しばらく外来で見ていましたが
からだがしんどくなり、
入院いたいとの希望があったため
入院してもらうことにしました。

ところが1週間くらい経つと、
彼女はいきなり退院したいと言い出し、
結局、その日のうちに退院となりました。

からだのしんどさは逆に強くなっているのに
なぜ退院をしたいと言い出したのか、
そこには彼女なりの思いがあったのです。

彼女はアメリカでの生活が長く、
乳がんの治療を受けたのも
アメリカの病院です。

そこでは入院中、
病棟の廊下を歩いているときに
他の患者さんとすれ違ったりすると
「ハーイ」と言って笑顔で応えるというのが
ごく普通だったと言います。

ところが日本でも同じようにすると
みんな怪訝そうな顔をするので、
そのうちあまり挨拶はしなくなりました。

アメリカの病院では
入院中もみんなと和気あいあいと
笑いながら過ごしていたためか、
自分が病人だという認識を持ったことが
なかったと言います。

ところが日本の病院に入院すると
全く雰囲気が違い、
みんなベッドで寝ていることが多く、
あまりしゃべったりもしません。

病人なのだから笑ったり、
笑顔を振りまいたりするのは不謹慎だと、
そんな思いがどこかに
あったのかもしれません。

そのせいか彼女の気持ちも
段々と滅入ってきてしまったのです。

あるとき、彼女は私に言いました。
「このままだと私、
本当の病人になってしまいそう」

この言葉には私はハッとさせられました。

そうなんです、彼女は病人ではなく
病気を持った普通の人だったのです。

それを私は「病人」だと
思ってしまっていたのです。

この気づきは医者人生でも
とても大きなものでした。

人は皆、病気になると
自分は病人だと思ってしまう
クセがあります。

でも自分と病気とは別の存在であり、
自分というひとりの人間が
たまたま病気というものを
持ってしまっただけなのです。

つまり「病気の人=病人」ではないのです。

自分の心が病気に支配されない限り、
自分は最後まで自分でいられるのです。

医者も患者も
その人と病気をセットで考えてしまうため
その人を「病人」だと
思ってしまうところがあります。

彼女は私に、
この大切な事実を教えてくれたのでした。

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