ブログ:患者さんの現実不可能な希望に寄りそう

緩和ケアに入院している患者さんの中には
時々、現実不可能な希望を
本気で語る人がいます。

私が今でも覚えているのは
50代で多発性骨髄腫という
血液がんになった男性の患者さんです。

抗癌剤治療を続けていたのですが
段々効かなくなり、
これ以上の治療はできないと言われ、
緩和ケアに紹介された患者さんでした。

白血球も通常は4000以上はありますが、
その人は800程度でした。

白血球が極端に少ないということは
抵抗力が極めて低く、
ちょっとしたことですぐに感染症を起こし、
肺炎などで亡くなる率が
高いということを意味します。

そんな患者さんなので、
当然、外出など
自由にできるわけがありません。

ましてや1年後や2年後の計画など
全くもって非現実的な話です。

ところが彼は
図書館司書の資格を取りたいとか
今度、広島まで○○さんの
講演を聴きに行くとか言うのです。

前主治医は、全く自分の状態を
理解していない人だと言っていました。

私が主治医になってから
彼と色々話をしましたが、
彼は自分の命はそう長くないであろうことは
ちゃんと理解していました。

その一方で、
私は諦めたくないんです、と
力強く語っているのが印象的でした。

いつ死んでもかまわないけど、
自分がやりたいことは
実行したいんですと言って、
実際、広島まで講演を聴きに行きましたし、
図書館司書になるための
試験勉強もしていました。

彼の場合、リスクも十分に承知の上で
自分がやりたいことをしていたのですから
私は素直に彼を応援しました。

最終的には緩和ケア病棟に入院して
4ヶ月後に亡くなりましたが、
彼は十分に最後の時間を全うしたと
思っています。

このように、まだ動ける人は
自分がやりたいことをするという
余地があります。

しかし、寝たきりになった人が
また旅行に行きたいと言っても、
それはなかなか実現するのは困難です。

ただし過去に一人だけ
その夢を叶えられた人がいます。

膵臓がんで肺転移もある60代の男性でしたが
山登りが趣味で、若い頃は山登りに
明け暮れていたといいます。

その彼が、
最後に富士山が見たいと言ったのです。

酸素吸入やモルヒネの注射もしており、
食事も全く食べられない状態だったので
他の医者やスタッフも、
それは無理だろうと言っていました。

しかし私は何とか彼の思いを
実現させてあげたいと思い、
その可能性を家族と相談してみました。

すると家族はとても協力的で、
本人がそう言うのであれば、
なんとか実現させてあげたいと言うのです。

そこで急きょ、富士山の見える旅館を予約し、
一泊二日の予定で家族が運転するワゴン車で
その旅館まで行くことになりました。

もちろん旅館にも酸素を設置してもらい、
途中、何かあった場合には
近くの病院に行けるように紹介状も持たせ、
十分な準備をした上で病院を出発、
その日のうちに無事、
旅館にたどり着きました。

本人は全く食事は取れませんでしたし
寝たままの状態でしたが、
何度も登った富士山を眺めながら、
昔の思い出を懐かしげに振り返り、
とても穏やかな時間を過ごしていました。

翌日、無事病院に戻り、
とても満足したと言っていました。

結局、この患者さんは
その10日後には亡くなりましたが、
実現不可能と思われる
最後の夢を叶えるサポートができたので
達成感はありました。

通常は、亡くなる10日前の人を
旅行に連れて行きたいなどと言っても
何かあったらどうするんだと言われ、
まず主治医は許可を出してくれません。

しかし本人や家族が、
途中で亡くなるリスクもあることを
十分に理解した上で、
それを強く希望するのであれば、
私はその思いを拒む理由はないと
思っています。

そこまでできなくても、
患者さんに、
「旅行に行けたらどんなことがしたいの?」
とたずねることで、
夢を叶えるヒントを引き出すことは可能です。

以前、
「新婚旅行で行った宮崎の青島に行って
おいしい料理を食べながら、
妻と人生の思い出話がしたい」と
言っていた患者さんがいました。

そうであれば、
青島までは行けなくても、
ある程度まではその夢を叶えることは
可能です。

病室を、旅館の一室風に飾り、
新婚旅行当時に写真を持参してもらい、
ちょっとした料理を用意して
奥さんと二人きりで
青島に行った気分になって、
人生の思い出話をしてもらいました。

奥さんもとても喜んでおり、
主人から「今までありがとう」と言われたと
目に涙を浮かべながら語ってくれました。

一見、実現不可能な夢であっても、
こうした工夫をすることで、
ある程度まではその夢を
叶えてあげることは可能なのです。

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