ブログ:記憶がなくなるということ
心療内科医をしていた頃は
記憶がなくなるという患者さんが
時々訪れてきました。
患者さんのエピソードを聞くにつけ、
これはドラマや小説になるなと
思った患者さんが何人かいました。
よく覚えているのは、
ご主人と知り合ってからの記憶が
全くなくなってしまったという
30代の女性です。
ご主人とは大学のサークルで知り合い、
その後結婚しました。
ところがある日、
姑に玄関の掃除ができていないことを
強くとがめられた直後から
ご主人と出会った以降の記憶が
完全になくなってしまったのです。
ですから、なぜ自分が今、
この人(ご主人)と一緒にいるのかが
理解できず、
しばらくの間かなり戸惑ったというのです。
また、一時的に
記憶がなくなるという患者さんもいました。
ある30代の女性は、
気がつくと伊丹空港におり、
そこから病院に電話をかけてきたのです。
「私、今空港にいるんですけど
なんでここにいるかわからないんです」
彼女は解離性障害の患者さんで、
こういうことがよくありました。
また別の30代の女性は、
ふと気づくと自分が前日に
京都から東京に行き、
そこで買物をして帰ってきたのを
全く覚えていないというのです。
なぜそれがわかったかというと
見ず知らずの服が部屋に掛かっており、
その領収書と
東京駅~130円の切符がポケットから
出てきたからです。
この患者さんは多重人格
(解離性同一性障害)の患者さんでしたが
他の人格に変わっているときの行動は
全く覚えていません。
覚えているのは
その行動をしているときの人格です。
ですから外来診察のときに
その人格に入れ替わったりすると、
そのときの様子を聞くことができます。
たまたま人格が変わったことがあり、
なぜ東京に行ったのかをたずねてみました。
すると、こいつ(患者さん自身)を
困らせてやろうと思ってしたというのです。
東京までの新幹線の往復の料金や
買った服の値段を考えると
確かに困るだろうなとは思いました。
この患者さんの場合、
他にも、知らない間に火傷をしたとか
不気味な手紙が置いてあったとか
(もうひとりの人格が書いたものなので
筆跡も全くことなるのです)、
様々な事件?がありました。
ただし、記憶がなくなるという現象は
実は患者自身にとっては
必ずしも悪いことではないのです。
最初の記憶障害の患者さんは
記憶がなくなったお陰で、
恐い姑さんとも
かかわらなくてすむようになりました。
また、空港や東京に行ってしまった
患者さんは、
その間は日常のつらい現実から
逃げることができるのです。
つまり、無意識レベルの働きが
記憶障害をもたらすことで
自分自身を守っているのです。
そうであれば
今の状態でしばらく居続けてもらい、
記憶を失わなくても
つらい思いをしないですむようになるまでは
気長に見守ってあげればよいのです。
心の世界はとても複雑であり
患者さん自身でもわからないことが
しばしばです。
だからこそ、
心療内科の患者さんはとても興味深く
治療のしがいもあったと
言えるのかもしれません。

近くに解離性記憶障害の人がいます。
記憶を失わなくてもつらい思いをしないですむようになるまで
気長に見守ってあげればよい、ということなのですね。