ブログ:現実から目を背けてもいい

以前、緩和ケア病棟に
40代の子宮がん末期の女性が
入院していました。

彼女の母親は毎日病院に来て、
いつも娘のそばにいて、
足をさすったり
言葉かけをしたりしていました。

しかし病状は次第に悪化、
食事もほとんど食べられなくなり、
寝ていることが多くなりました。

ところが私が回診時に母親に
娘さんはどうですか?とたずねると、
「昨日より少し楽そうです」といった
返答をしてくれます。

ときには、
朦朧としている娘さんの足をさすりながら
「元気になったらまた旅行に行こうね」
といった声かけをしたりもしていました。

このような光景はしばしば目撃されており、
ナースもこの母親は娘の病状を
ちゃんと理解しているのだろうかという疑問を
口にするようになり、
今後どうするべきかについて
カンファレンスが開かれました。

ナースが話し合った結果、
娘さんの現状を
しっかりと理解してもらうために
主治医の方からもう一度母親に
ちゃんと現状説明をした方がいいという
結論に至ったようです。

なぜそんな話をしないといけないのかと
たずねてみると、
もし母親が現状を理解していなかったならば
亡くなった際にパニックになったり、
こんなはずではなかったと言って
トラブルになるのではないかと言うのです。

この話を聞いて私は悲しくなりました。

ナースは、母親の思いを
理解しようとすることよりも、
トラブルを避けるために
事前に手を打っておきたいという思いの方が
強く働いていると思ったからです。

そのような対応は
自分らがトラブルに巻き込まれないための、
保身目的の行動だと私は思うのです。

この母親は、
40代の娘がじきに亡くなるという現実から
目を背けているだけです。

普通の母親であれば、
自分よりも娘の方が先に死ぬという現実など
信じたくもないし
受け入れたくもありません。

しかしその一方で、
子宮がんの末期であり
日に日に衰えていく娘を目の当たりにし
そう長くはないと
本心では知っていたに違いありません。

そのことがわかっているからこそ、
あえてその思いを否認し、
現実から目をそらし、
少しでも穏やかそうな時間があれば、
それを「よくなってる」と解釈し、
小さな安堵感を
感じようとしていたのではないでしょうか。

ですからナースには、
現実を直視させるという暴力的なやり方で
ささやかで儚い母親の夢を
打ち砕くようなことは
絶対にやりたくないと伝えました。

本心ではわかっているからこそ
現実からあえて目をそらし、
反対のことに目を向けようと努め、
少しでも穏やかな心の状態を
保とうとすることの
一体どこがいけないというのでしょうか。

現実を理解していることと、
現実から目をそらすこととは
表裏一体だと思っています。

人は建前と本音があるように、
言っていることと思っていることとは
実は正反対ということはしばしばあります。

だからこそ、
言語化された言葉を聞いて
それを本心だと錯覚し、
その裏に隠れた思いに
目を向けようとしない態度には
怒りすら感じます。

言語化されない本音の部分に思いをはせ、
母親の言動の本当の意味を理解することに
もう少し真剣に取り組むべきではないかと
今回のエピソードを通して
私は強く思いまいた。

ブログ:現実から目を背けてもいい” に対して6件のコメントがあります。

  1. 遠藤玲子 より:

    強く共感しました!

  2. massimo333 より:

    私も強く共感しました!

  3. かつきなおみ より:

    ありがとうございます。

    わたしの父は59歳で膵臓癌で亡くなりました。
    腫瘍が体なあちこちに転移して、歩けなくなった時、
    父はまた歩きたいと希望を持ってリハビリを頑張っていました。が、病院のリハビリとは関係ない方から絶望的な言葉を言われ、そこから父はリハビリをやめ一気に希望を失わされました。

    このお母様の気持ちを考えて、見守っておられた先生の行動に涙が出ました。

    父が亡くなって14年が経ちますが、もっと良い環境で過ごさせてあげれたら良かったと後悔がずっとあります。

    長々とすみません。
    ブログを読めて良かったです。
    ありがとうございました。

  4. holicommu より:

    貴重なお話しありがとうございまいた。希望を支える配慮が必要なのですが、身体のみしか見ない医療スタッフはなかなかそうは行かないのですね。

  5. holicommu より:

    ありがとうございました。

  6. 南 万須子 より:

    黒丸先生が主治医で本当に良かったと思います。
    涙がこみあげてきました。
    医療現場だけでなく、同じようなことは社会のあちこちで起きています。

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