ブログ:緩和ケアの授業②~現場との乖離

(前回からの続き)
私の質問に対して
しばらく沈黙が続きまいた。

彼女も心の中で
かなり葛藤していたのだと思います。

これについても学生にたずねてみました。

彼女への対処として、
①思いを尊重しそのまま死なせてあげる
②治療的関わりを考慮する
この2択でたずねてみました。

すると学生の答えの74%が
①の思いを尊重するであり、
②は26%でした。

つまり4人中3人が、
そのまま死なせてあげてもよいという
答えだったのです。

では実際はどうだったのか。

沈黙が続く中、
私はこんな提案をしてみました。

とりあえず
「応急処置」だけをするというのは
どうだろうか。

ここで言う応急処置とは
輸血と透析と、
腎臓に管を入れる
腎瘻(じんろう)増設です。

この三つの処置を行なえば、
目の前の命の危機は
とりあえず避けられます。

これで少し落ち着いたら、
その後にゆっくり、
今後どうするかを一緒に
考えませんかと提案したのです。

すると彼女は、応急処置ならいいかと
思ってくれたのでしょう、
私の提案を受け入れ
目の前に迫っていた命の危機は
なんとか回避できました。

学生の4分の3は彼女の思いの寄り添い
そのまま死なせてあげてもいいと
答えていましたが、
これは現場の感覚とは
ずいぶんと乖離があると思いました。

患者さんの思いを尊重するとか
相手の思いに寄り添うと言うと、
とても美しく聞こえます。

しかし、患者さんの思いが
間違っていることや、
不適切なことだって当然あります。

そのような場合、
患者さんの思いを尊重した結果、
こんなはずではなかったと思うことだって
あり得るのです。

医療現場では、
やはり人の命を守ることは
最重要課題になってきます。

高齢の末期がんで、
余命幾ばくもないというならいざ知らず、
まだ30代でとりあえずの処置さえすれば、
しばらくは生き続けられるのであれば、
座して死を待つだけというのには、
医者としてはやはり抵抗があります。

もっとも、
講義という限られた情報の中での判断と、
現実の彼女を目の前にしたときの判断とでは
大きく異なるであろうこともわかります。

ですから今回の学生の答えに関しては
必ずしも思いが正確に反映されていない
可能性もあるかと思いまいた。

さて、その後の話に戻しましょう。

とりあえずの応急処置を終え、
目の前の命の危機は回避できました。

だからと言って
子宮がんがよくなったわけではありません。

奇跡でも起こらないかぎり
治る可能性はないといっても
いいくらいです。

でも、できる限りのことはして、
希望は最後まで持ち続けてもらいたいと
思っていました。

そこで、今後、子宮がんに対して
何をしたいのかをたずねました。

すると彼女からは
玄米菜食とヨガという答えが返ってきました。

いわゆる代替療法です。

ヨガは以前からしていたようですが、
玄米菜食はがんになってから
興味を持ち始めたというのです。

これ以外にもホメオパシーや
温熱療法も取り入れることになり、
まずはこれらで対応することになりました。

もちろん、
代替療法でがんがよくなる可能性は
かなり低いと思います。

しかしここは彼女の思いに寄り添い、
また希望を支えることで
心の治癒力が引き出されるのであれば
それでいいと思ったのです。

さらにもうひとつ現実的な方法として
放射線療法を提案しました。

最初は抵抗していましたが、
とりあえず放射線治療の先生の話を
聞くだけでも聞いてみようということになり
受診してもらうことになりました。

前回のブログでも書いたように
ここでの懇切丁寧な説明と真摯な態度が
彼女の気持ちを動かし
放射線療法を受ける決断をさせたのでした。

その甲斐あってか、
子宮がんはほとんど見えなくなる程までに
小さくなりました。

そのことを伝えると、
飛び跳ねて喜んでいました。

しかし、その一方で
リンパ節転移は大きくなっており、
新たに骨転移も出現してきました。

これらすべてを説明したうえで、
あとは心の治癒力と身体の治癒力を
高められるようなことを
引き続きやっていくことにしました。

彼女は自然とのふれ合いが大好きであり、
入院中も花を眺めているだけでも
癒やされると言っていました。

また自然の中で仕事がしたいと言って
実際、友人と一緒に北海道でボランティアの
手伝いをしばらくしていました。

そんな話を聞いた私は、
それは心の治癒力や身体の治癒力を高める
とてもよい行動だと言って、
今後も積極的に続けるようにと伝えました。

こういった環境要因や心の状態が
人の遺伝子のオンやオフに
影響を与えることが、
今は「エピジェネティクス」という
分野の研究によってわっています。

また彼女はスピリチュアルな視点にも
関心を持っていました。
(続く)

ブログ:緩和ケアの授業②~現場との乖離” に対して2件のコメントがあります。

  1. 後藤まさよ より:

    いつも楽しく拝読させていただいております
    今回のブログは余りの衝撃に電車の中でも驚いて涙してしまいました
    一つの対応の違いがこの結果に繋がるかと思うと承認する姿勢と態度を改めないといけないな…と反省しました

  2. holicommu より:

    後藤さんへ:コメントありがとうございます。対応のいかんで判断は全く逆転してしまうことはよくあります。

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