ブログ:緩和ケアの授業①

先日の「緩和ケアと心の治癒力」の授業では
私が最も印象に残っている
患者さんのケースを基に
緩和ケアの実際についての話をしました。

その患者は30代の子宮がんの女性です。

彼女は軽い気持ちで受けた
子宮がん検診のさいに大出血を起こし、
そのときに子宮がんだと診断されます。

すぐに治療をしないと手遅れになると言われ
強く手術を勧められました。

彼女は近い将来結婚する予定であり、
子どもも欲しいと考えていました。

そのため主治医に
「私はどうしても子どもがほしい」と
伝えたところ、
「自分の命と子どもとどちらが大切なの!」と、
寝ぼけたことを言うんじゃないと言わんばかりに
叱責されました。

西洋医学的な考え方では
子どもが生めなくなったとしても
がんの治療を優先するというのは
当然の考えだと思います。

もしも治療をしなければ
近い将来亡くなるであろうことは
容易に察しがつくからです。

そこで、学生に質問してみました。
同じような状況で同じように言われたら
あなたは治療を受けますか?
それとも受けませんか?という質問です。

結果は8割の人が「受ける」と答え
2割は「受けない」と答えていました。

もっとも実際にそのような状況になった場合
本当に「受けない」という気持ちを
貫くかどうかはわりません。

中には、このような高圧的な言い方をされ、
それに反発を覚えて「受けない」を
選択した人もいたかもしれません。

実際、彼女はこのときは
きっぱり受けないと言っていますが、
その後、がんセンターも受診しています。

子どもが産める可能性を残しつつ
治療ができる方法がないかを
探し求めていたのだと思います。

しかしがんセンターでも
同じことを言われ、
これで完全に西洋医学に
見切りをつけたようです。

彼女は、海外で日本人の医療通訳として
仕事をしていたので、
西洋医学を否定している人では
ありませんでした。

調子が悪いから
婦人科検診を受けようと思って
受けたくらいですから
頭から西洋医学を嫌っているわけでも
ありません。

にもかかわらず
彼女に治療の道を断たせたのは
主治医に高圧的な言い方だったのではと
思っています。

実際、今後の方針について相談をした際、
放射線療法は受け入れています。

もちろん、放射線療法を受けることでも
赤ちゃんが作れなくなる可能性が
極めて高いことの説明も受けました。

にもかかわらず、
このときは受ける決意をしたのは
放射線科医の丁寧な説明と
誠実な対応にあったからではと
思っています。

もしも最初に出会った医者が
このように丁寧に接してくれたならば
彼女は治療を受けていた可能性があり、
今も元気に生活をしていたかもしれません。

そんなことを考えると、
いかに医者の接し方や説明の仕方いかんで
患者さんの選択や判断を左右し、
ときにはそれが命を奪うことにも
なりかねないということがよくわかります。

結局、彼女は子宮がんをそのまま放置、
あるとき自宅で大出血をします。

そのとき彼女は、
死んだら死んだでいいと思い、
そのまま眠ってしまいました。

ところが翌朝、目が覚めてしまったため
とりあえず知り合いの産婦人科医に
相談したところ
黒丸を紹介するから
すぐさま行きなさいと言われ、
急きょ私のところに来るとになりました。

彼女が診察室に入ってくるなり、
その真っ青な顔を見て、
一目でひどい貧血だということは
わかりました。

採血とCT検査をしてびっくり、
貧血の指標になるHb(ヘモグロビン)が
2.9g/dlしかなかったのです。

女性の正常値が13 g/dl前後であり、
10を切ると貧血だと言われ、
7くらいまで下がると
輸血が必要と言われます。

2.9という値は、
よく生きて外来に来られたものだと
思うくらいの数字です。

さらに問題だったのは
がんの進行により、
腎臓と膀胱をつなぐ尿管が閉塞し、
片方の腎臓はすでに廃絶しており、
もう片方の腎臓も腫れ上がって、
すぐさま透析が必要な状態だったことです。

今の状態を正直に話し、
もし何もしなければ、
数週間程度で亡くなると説明しました。

どうしますかとたずねたところ、
彼女は「このまま死んでいいです」との
ことでした。

正直、私は迷いました。
彼女の思いを尊重するのであれば
何もせずに亡くなるのを
見守ることになります。

しかし輸血や透析をし、
さらに腎臓に管を入れる処置をすれば
少なくともその場はしのげます。

私としては、
子宮がんを治すことは難しくても
とりあえずの対処をすれば
この場はしのげるのはわっているのに
それせずに、みすみす死なせることには
さすがに抵抗がありました。

どうしようか悩んでいるときに
付き添いで来ていた父親が
そのとき初めてしゃべりました。

父親は
「娘が少しでも長く生きられるのであれば
治療をしてもらいたいと思います。
でも、最終的には娘の思いを尊重し
それに従います」と言ったのです。

実は父親は、患者さんが小さい頃に離婚し
今は別の家庭をもっていました。

ですからあまり強いことが
言える立場ではなかったのですが、
実父として、何もせずに亡くなるのを
ただ見ているだけというのも
忍びなかったのでしょう。

この言葉を受けて、
彼女に「お父さんこう言っているけど
どうする?」とたずねてみました。
(続く)

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