ブログ:トラウマ体験が原因なのか?

今回も橘玲著「バカと無知」(新潮新書)の
「すべての記憶は偽物である」を参考に
このブログを書かせてもらいました。

皆さんは、こんな話をきいたことは
ないでしょうか。

虐待などの過去の記憶がトラウマとなり、
大人になってからも、
何かしらの精神症状に
苦しめられることになるという話を。

これは、受け入れがたい記憶は
無意識に抑圧されるという
精神分析の考え方が根底にあります。

しかし、この考え方は
大きな問題を引き起こすことになりました。

1980年代のアメリカで、
小さい頃に性的虐待を受けた女性が、
大人になってからその記憶を思い出し、
父親を訴えるという事件が多発し、
実際、懲役刑に処せられた父親が
多数いました。

このような事件がきっかけとなり
記憶の研究が進み、
経験したことがないことでも、
実際に経験したかのような記憶を
作り出せることがわかったのです。

つまり、
父親から性的虐待を受けたという娘の話は、
催眠療法をするセラピストが、
曖昧な記憶を言語化させる過程で
「作り出された記憶」である可能性が高いと
いうことなのです。

そんなことがわかり、
懲役刑に処された父親も
その後の裁判で次々と
逆転無罪を勝ち取るようになりました。

現在の脳科学では、脳には、
記憶を保存するハードディスクが
あるわけではなく、
何らかの刺激を受けたときに、
そのつど記憶が新たに想起され、
再構成されると
考えられるようになりました。

つまり、記憶は思い出すたびに
書き換えられるということです。

しかし以前は、抑圧された記憶が
現在の精神症状の原因であり、
無意識に閉じ込められたその記憶を
思い出させることが治療になると
考えられていました。
(今でもそう考えている人はいます)

私が心療内科医の頃、
一時、多重人格(解離性同一性障害)が
テレビなどで取り上げられ話題になり、
その影響で多重人格の患者さんが
増えたことがありました。

いろいろ文献を読むと、
多重人格の患者さんのほとんどが、
過去に性的虐待を受けた経験を持つと
言われていました。

実際、私が診ていた
多重人格の患者さんの一人は、
父親に性的虐待をされた経験を
語ってくれました。

もっとも患者さん本人は、
父親のことは大好きだし、
性的虐待などされていないと言います。

しかし、もう一人の人格が出てくると、
性的虐待をされた事実を語るのです。

「こいつ(患者さん自身のこと)は
いつも逃げるから私が犠牲になる」と
苦々しい顔つきで言っていました。

性的虐待を受けるときは、
彼女は解離してもう一人の人格になるため、
本人は覚えていないというわけです。

ただし、
潜在的に存在しているもう一人の人格は
その事実を恨み、仕返しとして
彼女に火傷を負わせたりしていました。

実際、診察のときに彼女は
知らない間にこんなになったと、
火傷した手を
見せてくれたことがありました。

さらに、父親からの性的虐待は
今も続いているというのです。

当時私は、これを事実だと判断し、
警察に相談に行ったり、
私立探偵と連絡を取り、
証拠を押さえようとしたりもしました。

今考えると怪しいところもあり、
性的虐待が本当にあったかどうかは
定かではありません。

もちろん、多重人格の原因は
性的虐待などではないとか、
無意識に抑圧された記憶が
現在の精神症状に影響など
及ぼさないなどと言うつもりはありません。

そうではなく、
何かしらの精神的な問題があった場合、
それは過去のトラウマ体験が原因だといった
短絡的な因果論の考え方は
いかがなものかと言いたいのです。

実際、高所恐怖症の研究からも、
転落体験が無識に内在化された結果、
高所恐怖症になるのではなく、
もともと不安を感じやすい性格が、
転落体験をきっかけに
高所恐怖症になると考えた方がよいという
研究結果が出ています。

人間の性格は、半分は遺伝により、
半分は環境により決められます。

要するに、人はみな
神経質か楽観的か、
内向的か外向的かといった性格は
半分は生まれながらのものであり、
残りの半分は環境という
後天的な要因に影響を受けて
形成されるのです。

ですから、どのような性格の人が
どのような体験をするのか、
さらのその後、どういう環境で
生活をするのかによって、
すべてが変わってくるのです。

実際、性的虐待を受けた子供の3分の1は
大人になっても何の精神症状もありません。

ですから、単純な因果論だけでは
今の精神症状の説明はできないのです。

そう考えるようになってからは、
私は悩みや問題を抱えている人の過去には
ほとんど目を向けなくなりました。

過去のトラウマや
幼少期の両親との関係を詳しく聞いても、
結局はトラウマを再体験させるだけであり、
とても有用なことだとは思えません。

もちろん、
患者さんやセラピストや考え方にも
いろいろありますから、
一概に悪いとは言えません。

ただ、私は「過去」を探るのではなく、
「現在」を扱うことで
精神症状に対処する方がよいと
考えているだけです。

みなさんはどう思われますか。

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