ブログ:真実は言葉では表現できない①

みなさんは、
コーヒーの味を
言葉で説明することはできますか?

やわらかな苦みと酸味の中にコクがあり、
後から感じる甘みの余韻…
などと説明してもあまりピンときません。

しかし、実際に一口飲めば、
こういう味だなとすぐに実感できます。

今、私が着ている服がどんなものかを
詳細に説明して伝えたとしても、
そのイメージと
実際に着ている服を見比べたら、
多分、全く違うと思います。

このように、
体験的なものや感覚的なものを
相手に伝える場合、
それを言葉で正確に伝えようとしても
不可能なのです。

経験や五感から得た情報は
実は膨大な情報量の組み合わせにより
成り立っています。

それを、単に言葉だけで表現しようとしても
言語化できる情報があまりにも少なく、
かつ、伝える情報があまりにも多いため、
現実的には表現しきれないのです。

このように、
経験的、直感的に得たもので、
簡単に言語化できないような知識のことを
「暗黙知」といいます。

その反対に、
文章や数式、図表で説明できる知識は
「形式知」と言われています。

このことを初めて指摘したのは
マイケル・ポランニーであり
著書「暗黙知の次元」で述べられています。

私たちの日常の多くは
暗黙知によって成り立っています。

しかし、新しい知識を得ようとする場合、
最初は言語での説明や図表といった
形式知から入るのが一般的です。

例えば自動車の乗り方を
講義やビデオを使って教えられたとしても
ある程度は伝わるものの、
それはあくまでも形式知の範囲内です。

結局、アクセルの踏み加減や
ブレーキのかける
タイミングなどといった暗黙知は
実際の車に乗りながら
経験的に身につけていくしかありません。

医療の世界でもそうです。
医者に外科手術の技術を、
ナースに看護テクニックの説明をする場合、
マニュアルはありますし、
図表やビデオで説明することもできますが、
これはあくまでも形式知に過ぎません。

結局、患者さん相手に実際に
手術や看護ケアをし、
そこでの様々な経験を通してでしか、
暗黙知を身につけることはできないのです。

これはどの分野でも同じことですが、
患者さんの立場からすると、
少々問題が出てきます。

例えば、
がんの手術や抗がん剤治療を
受ける場合です。

患者さんには、
事前に詳しい説明がなされ、
それを理解してもらった上で、
治療を受けることに
同意してもらうという過程が
必要不可欠です。

しかし、
医者がどんなに詳しく説明したとしても
それは形式知でしかありません。

手術による後遺症の話や
抗がん剤による副作用の話などは、
実際に治療を経験してわかる
暗黙知の領域です。

つまり、治療前には、
どんなに丁寧な説明をしても、
患者さんに本当のことは伝わらないのです。

ましてや、多くの患者さんは
治療を受けることでがんがよくなるという
期待感を持っています。

その場合、
現実に起こるネガティブな状況には
あまり注意が向けられないので、
より一層、真実は
伝わらないことになります。

ところが現実は、
手術をしたらかえって状態が悪化したとか、
抗がん剤の副作用で
手のしびれがとれなくなったり、
食べ物の味がわからなくなったりすることは
しばしばあります。

ですから治療後に、
「こんなことになるんだったら
手術なんて受けなければよかった」とか、
「こんなに苦しむのがわかっていたら、
抗がん剤なんて受けなかった」という声も
しばしば聞かれます。

しかしこれは、
医者が悪いわけでも
患者さんが悪いわけでもありません。

経験していないことを伝えること、
つまり、患者さんに暗黙知まで伝えることは
不可能なことであり、
言葉による説明の限界なのです。

これは、何かを「定義」する際にも
問題になります。

例えば、風邪の定義ひとつとっても
はっきりしたものはありません。

とりあえずは、
「ウイルスによる上気道感染症」と
言われますが、
「ウイルス」とは、
「上気道」とは、「感染」とは、
と、言葉の定義を
厳密にしようと思えば思うほど、
収拾がつかなくなってしまうのです。

要するに、
現実のものや現象を
言葉で定義づけた瞬間、
暗黙知はそぎ落とされてしまうため、
真実の姿を捉えることは
できなくなってしまうということです。

物事を言葉で表現するということは、
あたかも現実がわかったような気に
させているに過ぎないのです。

なんともやっかいな世界に
私たちは住んでいるのです。

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