最近、
ネガティブ・ケイパビリティという言葉が
注目されています。

どういう意味かというと、
「どうにもならない状況や問題を受け止め、
じっと耐え忍ぶことができる能力」
という意味です。

反対の意味合いの言葉として
ポジティブ・ケイパビリティがあります。

こちらは現代社会で求められる能力であり、
問題に対してできるだけ早く回答を見つけ、
的確かつ迅速に問題を
解決する力のことです。

当然のことですが、
私たちには両者とも必要な能力なのですが、
社会ではポジティブ・ケイパビリティの方が
重要視されます。

問題を素早く効率的に片付けられる方が
仕事ができると思われるのは当然であり、
会社もそういう人材を欲しがります。

しかし、現代社会においても、
解決策が見いだせないときや、
今は耐え忍ぶしかない状況、
部下を辛抱強く
見守り続けざるをえない場合など、
ネガティブ・ケイパビリティが
重要になってくる場面はたくさんあります。

私が心療内科医として
日々患者さんを診ていたときもそうでした。

患者さんも当然、
慢性疼痛や自律神経失調症、うつといった
病気や症状を治したいと思って
私のところに来ます。

私は当初から、
心身症の患者さんに対して
心理療法を使って治療をしていました。

その方法を使うことで、
一回の治療で治る患者さんがいる一方で、
なかなか症状が改善せず、
長年通院されていた患者さんもいました。

そんな場合、
いろいろな方法を試すのですが、
なかなか改善が見られません。

そんなときは開き直り、
時間が経てば何かが変わってくるはずだから
そのときが来るまで
じっと待とうと腹をくくり、
毎回の診療をああでもない、
こうでもないと言いながら
のらりくらりしていることもありました。
(これを「ああでもないこうでもない療法」
と勝手に命名していました)

当時の私は、
治すことに主眼を置いていたので、
そのときが来るのを待つということは
あまりよいことではないと思っていました。

しかし今は違います。
うまい方法が見つからない場合は、
変化のチャンスが訪れるまで
待てばいいという考え方になったのです。

まさにこれが、
ネガティブ・ケイパビリティです。

でもその方が、
結果としてよい方向に進むことが
少なくありません。

どうしようもないときに、
あれこれあがいても
どうにもならないのです。

それどころかあがけばあがくほど、
さらに問題を悪化させてしまうことも
しばしばです。

だからこそ、出口の見えない状況に
ずっと耐え続けるという
ネガティブ・ケイパビリティは
大切な能力なのです。

また、その間の、
一見無駄に思える時間であっても、
その時間があったからこそ、
様々な出会いや気づき、発見があり、
それが当初は考えていなかった別の解決へと
つながることもあります。

このように、
ネガティブ・ケイパビリティは、
患者さんの自己成長を促す力でもあるのです。

ネガティブ・ケイパビリティ
という言葉を知ったとき、
ふと思い出したのが、
心的外傷後成長(PGT)でした。

これはどういう考え方かというと、
大きな苦難や不幸を
乗り越えるという経験をすることで、
その人はより大きく成長できるという
考え方です。

一見すると、これは素晴らしい考え方だと
思われがちですが、
しかし一歩間違えると、
相手をひどく落ち込ませることにも
なりかねません。

例えば、難病で苦しんでいる人や
愛する人をなくした人、
会社が倒産して路頭に迷っている人など、
大きな不幸や困難に直面している人に、
「今の不幸は必ず自分の成長につながるから」
などと言ってしまったりするのです。

不幸や困難に直面している人からすると、
一時も早く今の状況から抜け出したいのに、
それをわかったような言い方で、
「成長につながる」などと言われると、
怒りや反発しか感じないのです。

心的外傷後成長という考え方は、
当の本人が不幸を乗り越えた後に
自分を振り返ったときにわかるものであり、
不幸の真っ最中はそれどころではないのです。

その点、ネガティブ・ケイパビリティは、
苦しみを受け止め、
それを耐え続ける力のことですので、
この言葉で相手を傷つけることは
少ないと思います。

また、ネガティブ・ケイパビリティを発揮し、
困難な状況に耐え忍びながらも、
最終的にその困難を
乗り越えられたとしたならば、
そこには心的外傷後成長が
訪れるかもしれません。

その意味では、
心的外傷後成長を陰で支えているのが、
このネガティブ・ケイパビリティだとも
言えます。