皆さんは今、アメリカでは
「メリークリスマス」と
言ってはいけないということを
知っていますか?

メリークリスマスはハッピーホリデーに
クリスマスツリーはホリデーツリーと
呼ばれるようになっています。

さらに驚いたことに、
昨年1月から、アメリカの議会では
「母」「父」をはじめとする
性別を規定する言葉の使用が
禁止になりました。

もちろん、「彼」「彼女」を表す
heやsheという言葉も使用できなくなり、
これらはすべて「they」と
表現されるようになりました。

カリフォルニア州では、結婚式のときに、
夫、妻という言葉を使うことを
法律で禁止されてます。

また、集まった多くの人への呼びかけの言葉
「レディースアンドジェントルマン」も
ご法度となり、
今は「ハローエブリワン」に変わりました。

それに倣って、昨年3月から
東京ディズニーランドの園内放送も
そのようになりました。

なぜこのようなことに
なってしまったのでしょうか。

ご存知のようにアメリカは
人種差別や性的少数者差別に対しては
かなり過敏に反応し、
過剰なほどに擁護的になっています。

そのため、
レズビアンやゲイ同士のカップルが
同性婚をして養子を迎えた場合、
子どもにとって、どちらがパパで
どちらがママかわからないという事態を
避けたいという思いから
このような法律ができたのです。

また、トランスジェンダーに対しても
かなり擁護的な対応が
取られるようになりました。

トランスジェンダーの場合、
見た目は男性でも性自認が女性の場合、
彼(he)と呼ばれることに
苦痛を感じるため、
そこにも配慮すべきだということから、
ニュートラルな「they」に
統一した方がよいということに
なったようです。

呼び名を変えるだけならまだしも、
トランスジェンダーの場合は、
様々なところで、
深刻な問題を引き起こすことになります。

例えば、女子スポーツ競技への出場です。

生まれたときの性別は男性でも、
性自認は女性だと宣言し、
血的中のテストステロン(男性ホルモン)を
大会の規定値以下に下げれば、
性適合手術を受けていなくても、
オリンピックをはじめとする
スポーツ競技に女子選手として
参加することができるようになりました。

そのため今、アメリカの女子スポーツ界は
かなり混乱しているようです。

それはそうでしょう。
男性として生まれた人が
自分は女性だと自認したとしても
それまでに生物学的に培ってきた
骨格や筋肉は男性と同じです。

男性スポーツ界では
冴えなかった選手でも、
私はトランスジェンダーであり、
性自認は女性だと宣言し、
基準を満たせば女性競技に
参加できてしまいます。

そんな「女性」が
ダントツで優勝したりするのですから、
今まで頑張っていた女子アスリートから
苦情が出るのも当然だと思います。

さらに問題になっているのが
女子トイレの問題です。

生物学的には男性でも
性自認を女性と称する人には
女子トイレ、女子更衣室の使用、
女子スポーツへの参加を
権利として認めるというのです。

理屈では、
トランスジェンダーだからといって
差別をするのはよくないし、
その人たちの人権も
尊重しかければいけないということは
わかります。

でも、実際問題として、
見た目が男性のトランスジェンダーが
女子トイレに入って来たり、
女子更衣室に入ってきたら、
当然、本来の女子は戸惑うでしょうし、
抵抗を持つのはごく自然なことです。

でも、それに対して異議を申し立てると
「差別主義者」のレッテルを貼られ、
バッシングを受けることになります。

ただ一方で、
このようなトランスジェンダーへの
過剰な配慮や優遇が
犯罪につながることもあります。

実際、性自認が女性の人が、
女子トイレに入り、
女性に暴行を働くという事件がありました。

この男性のように、
自分はトランスジェンダーだとウソをついて
女子トイレに入ることが
できてしまうのです。

このように、今アメリカ社会は
「多様性の尊重」という
誰もが逆らえない美しい言葉のもと、
異様な社会に変貌しつつあります。

ではなぜ、このようなことに
なってしまったのでしょうか。

その背景には、
実は「ポリコレ」があるのです。

ポリコレとは
ポリティカル・コレクトネスの略称で
政治的妥当性、政治的正しさなどと
訳されています。

私は、「ポリコレの正体」
(福田ますみ著、方丈社)を読むまでは、
そのような事実があることを
全く知りませんでした。

そもそも「ポリコレ」という言葉すら
知りませんでした。

この本を読んで、
近い将来、日本でも
同じことが起こるのではないかと
危惧するようになりました。

例えば日本でも、
看護婦・看護士は看護師になり、
保母・保父は保育士になりました。

ただこれらの言葉の言い換えに関しては
十分に納得ができます。

しかし、これがどんどん
エスカレートしていくと
近い将来「メリークリスマス」と
言えなくなる日が来るかもしれないのです。

なぜならば、
メリークリスマスという言葉は
キリスト教徒のためだけの
宗教用語だからです。

そのため、
「ハッピーホリデー」といったような
誰にとってもニュートラルな表現に
すべきだというのが
「ポリコレ」に基づく考え方なのです。

これだけを読むと、
確かにそうかもしれないなあ~と
思ってしまいます。

しかし、ポリコレの裏には、
世界を揺るがすもっと重大な思想が
隠されているというのです。

そのことについては、
次回お話することにします。