今まであまり「癒し」について
深く考えたことがありませんでしたが、
先日の実践セミナーで、
癒しについて
考えさせられる機会があったので、
少し考えてみました。

一般的に言われている「癒し」には
癒す立場と、癒される立場がありますが、
どちらも一方向的な意味合いが強く、
私にはしっくりきません。

日々のストレスに苛まれ、
すべてを投げ出してどこかへ行きたい、
いっそのこと死んでしまいたいと
思った経験のある人も
少なからずいると思います。

そんな状況に追い込まれると
人は「癒し」を求めてさまようのです。

人は何かに悩んでいるとき、
そこから解放される経験をさせてくれるものに
癒しを感じるものです。

その「解放してくれるもの」は
人それぞれ異なります。

例えば、自然の中を歩くことで
癒される人もいれば、
子犬や仔猫、赤ちゃんの笑顔に
癒される人もいます。

つまり、悩んでいる心を
一瞬でも解き放ってくれる
「きっかけ」となるものがあれば
それが癒しになるのです。

また、癒しを求めている人がいれば、
当然、「癒し」を提供する人もいます。

アロマセラピーやリフレクソロジーを
施してくれるセラピストや
カウンセリングをしてくれる
カウンセラーなどがそうです。

香りやタッチの心地よさを体験すれば、
たとえ一時的であれ、悩みから解放され、
癒しの時間を過ごすことができます。

またカウンセラーに話を聴いてもらうことで、
癒されたと感じる人は少なくありません。

ただし、これらはどれも一時的であり、
受動的な癒しです。

もちろん、受動的な癒しが
悪いということではありません。

一時的な癒しすらなければ、
人はさらに追い込まれ、
取り返しのつかない状況にまで
なることだってあるからです。

ただし、一時的な癒しは
あくまでも一時的です。

その時に癒されたからといって
今までの悩みや問題が解決するわけでも、
すべてから解放されるわけでもありません。

再び、日常のストレスに立ち向かうための
エネルギーの補給にはなりますが、
そこまでが限界です。

一般的に言われている「癒し」は、
まさに、ここに最大の問題があると
思っています。

つまり受動的な癒しにばかり
目を向けている限り
本当の意味で癒されることは
難しいということです。

この限界を突破するためには、
能動的な癒しがどうしても
必要になってくるのです。

能動的な癒しとは、
自分で自分を癒すということです。

つまり、
いかんともしがたい状況を乗り越え、
自分自身の力でストレス状況から抜け出し、
イキイキとした自分を取り戻すことが
できるようになるということです。

ですから能動的な癒しは
積極的な癒しとも言えます。

ところが、
そのような自分を癒す力を
誰もが持っているのですが、
ストレス状況の中で追い込まれると
なかなかその力を発揮することが
できなくなってしまいます。

なぜならば、
能動的な癒しをもたらすためには、
自分を追いつめてしまっている
間違った思い込みに気づき
今の状況を打開するための
新たな第一歩を踏み出す必要があるからです。

しかし、これを一人で実行するのは
そう簡単ではありません。

だからこそ、
能動的な癒しが発揮できるような
「つながり」や「きっかけ」が
必要になるのです。

自然やペット、マッサージといった
受動的な癒しは、
能動的な癒しにつながる
「つながり」や「きっかけ」には
なかなかなりえませんが、
全くないというわけでもありません。

人はボーっとしているときに、
最も気づきやひらめきが生まれやすく、
それが能動的な癒しを発揮する
きっかけになることもあるからです。

しかしたいていの場合は、
第三者による援助があることで、
自分の間違った思い込みに気づけたり、
追いつめられた状況を打開し、
そこから這い上がるための新たな行動を
起こしたりできるようになるのです。

私は、そのような能動的な癒しを
うまく引き出すかかわりができる援助者こそが、
真の意味での「癒し人」だと思っています。
(続く)