先日、緩和ケア病棟のナースを対象に
勉強会をしました。
月に1~2回開催しているのですが、
今回は少々違った視点で話をしようと思い、
テーマを「ホリスティック医学」にしました。

うちのナースは、
ホリスティック医学についてほとんど知りません。
ですから、いかにわかりやすく
伝えるかを心がけました。

ただ、通常の講演では3時間くらいかけるところを
今回は30分で話さないといけないので、
ポイントだけを簡潔に伝えるような話に
ならざるをえません。

キーワードは、
つながりと全体性、バランス、
自己治癒力、心の治癒力、代替療法
セルフケア、コミュニケーション医学、
病からのメッセージ、等々です。

話を終えた後、
皆さんから感想を聞かせてもらったのですが、
その中にいくつか気になる発言がありました。

その中のひとつが、
「私も先生とだいたい同じことを
していると思いました」という感想です。

多分、多くのナースも
多かれ少なかれそのように思って
いたのではないかと思います。

今回話をした内容は、
ある意味あたり前の話なのです。

つながりやバラス、全体性を考えながら
患者さんの治療やケアにあたるというのは
ホリスティック医学の核の部分なのですが、
このような抽象的な言葉だけでは、
本当の意味は伝わりません。

そう思って、
機械論的な視点と対比したり、
発熱や食事療法に対する対応について
具体例をもとに説明したりもしたのですが、
どうもインパクトがなかったようです。

ホリスティック医学というと、
つい代替療法がクローズアップされがちですが、
これはあくまでも全体のなかの一部であり、
本質的なことでもありません。

だから私はあまり強調しないのですが、
ホリスティック医学に興味を持つ人の多くは、
そこに関心があります。

そのためか、
様々な代替療法を駆使して自然治癒力を高め、
それをもってがんなどの病気を治すのが
ホリスティック医学だと
勘違いしている人もたくさんいます。

だからこそ、
代替療法については軽く流したのですが、
そうなるとホリスティックの目立った特徴が
なくなってしまうことに気づきました。

そのためナースに
「私も同じことをしている」と
思われてしまったのだと思います。

もうひとつ失敗したなと思ったことが
ありました。

それは、
「今を生きる意味に気づく」というところです。

末期がんや神経難病などの患者さんの中には、
こんな状態になっても
なぜ生きていなければいけないのかと
悩み苦しむ人がいます。

そんな苦痛をスピリチュアルペインと言い、
それに対する対応がスピリチュアルケアです。

そんな患者さんでも、
「今」を生きることに
意味や価値を見出すことができたならば、
苦悩が和らぐことにつながります。

だからそこ、
どうしたら「今」を生きる意味や価値を
見出してもらえるようなかかわりができるかに
多くの人は関心を持ちます。

ホリスティック医学でも、
病気は悪いものだと一方的に考えるのではなく、
自分の誤った生活や態度に気づくための
大切なメッセージだと捉えています。

また不治の病であったとしても、
当然、そこにも意味や価値があり、
そこに気づくことは重要だと言っています。

そのため、
「今を生きる意味に気づく」ことは
大切だと話をしたのですが、
一部のベテランナースは、
ここに引っかかったようでした。

なぜならば、概念はわかっても、
「今を生きる意味」に気づいてもらうためには、
実際患者さんにどのようにかかわればよいのか、
どんな声掛けをしたらよいのかということに、
みんな戸惑いを感じているからです。

それは、もっともなことです。

そのような反応に接し、
私は説明の仕方を失敗したと思いまいた。

実は、私は医療者が患者さんに対して、
生きる意味や価値に気づいてもらおうと思って
かかわることはよくないと考えています。

そのようなこだわりがかえって
患者さんを追い詰め、苦しめてしまうからです。

そもそも、末期がんの患者さんが、
そうたやすく「生きる意味」などに
気づけるとは思いません。

たとえそんなことに気づけなくても、
多くの患者さんは、
穏やかに亡くなっていきます。

仮に、不安や恐怖、後悔、
こだわりが強い患者さんであったとしても、
アロマセラピーを受けているときは
気持ちが楽になったり、
ペットの犬が病室に来たときは
暖かく癒された気持ちに
なったりするといった瞬間はあるものです。

そんな一瞬でも穏やかになれるのであれば、
どんなことでもそれは、
スピリチュアルケアになると私は思っています。

ですから、わざわざ
「生きる意味」への気づきなどと言わなくても
良かったのです。

しかし、聞こえがよく意味深な雰囲気のある
「生きる意味」などという言葉を
格好つけてとりあえず使っておこうと
思ってしまったのが、かえって
誤解を生んでしまったと反省しました。

インパクトがあり、
かつ、わかりやすく伝えるというのは
なかなか難しいものです。