10月6日に大阪で開催された
ホリスティック医学シンポジウムの最後は
恒例のパネルディスカッションでした。
今回も私が司会を務めさせて頂きました。

学会などのパネルディスカッションは、
形式的で演者や会場に丸投げのものが多く、
全く面白くないのですが、
私はそのようなつまらない時間にだけは
したくないという思いをもって、
いつもパネルディスカッションに臨んでいます。

今年は30分と時間が短かったため、
会場からの質問は受けられませんでした。
その分、内容が濃く、
本質的な部分に切り込むような質問を
心がけました。

パネリストは辻信一先生、柏木哲夫先生、
夏苅郁子先生の三人でした。

まず最初に辻先生に質問しました。

ブータンやラダッカにも
精神疾患を患った人がいると思うのですが、
その人たちへの治療やかかわり方について
日本とどのような点が違いますか?

それに対する答えは以下の通りでした。

ブータンやラダッカでは、近年、
知的障害者や身体障害者が急増しています。
しかし生き方に関しては、
そのような人たちと
一般の人たちとの境目は曖昧です。

日中は、見て違いが分かりますが、
夜は酒を飲んだりしてみんな楽しむため、
誰が知的障害者なのか分からなくなります。
それくらい、みんなが共に生きています。

一方で、心を病んでいる人も急増しています。
一昔前までは
自死という概念すらありませんでしたが、
今は、ドラッグが蔓延し自殺も増えています。

これらの地域では、
通常の医者(西洋医学)だけではなく、
伝統医療を専門とする医者もおり、
両者は対等な立場にあります。

ですから、心を病んだ人に対しては、
両者がお互いの不足を補いながら、
協力しあって治療しています。

この話を聞いて、
幸福の国と言われるブータンでも
今はドラッグが社会問題になっていること、
我々にとっては非科学的と思われる伝統医療が
大きな役割を果たしており、
文化的背景も大切にした関わりが
重要だということを再認識させられました。

柏木先生には、次のような質問をしました。

ホスピスの患者さんでも、
「人生の実力者」とは言えない人は
たくさんいると思いますが、
そのような人たちに対しては
どのようにかかわっているのでしょうか?

それに対して柏木先生は、
病気の人(患者)と治す人(医者)という
関係性ではなく、
お互いが常に平等であると意識し、
それを患者さんにいかに伝えるかが大切だと
言っておられました。

つまり、常に同じ目線に立って話を聴き、
患者さんと関わる姿勢が基本であり、
柏木先生は常にそのことを意識して
患者さんと関わってきたといいます。

そうであれば、患者さんがたとえ
人生の実力者ではなかったとしても、
十分にコミュニケーションが取れるし、
どんな人であったとしても、
最後の時間を
大切にしてあげられるというわけです。

この流れとは別に、後半のディスカッションで、
夏苅先生が大切にしている
コミュニケーションのあり方についても
たずねてみましたが、それに対しては
自分の思いが伝わったと思ってもらえるような
関わりを大切にしていると言っていました。

それを聞いて、柏木先生も夏苅先生も、
結局は、患者さんの思いをしっかりと受けとめ、
その思いを患者さんにも伝わるように返すことの
大切さを言っているんだなと思いました。

実は、柏木先生に質問をする際、
会場から笑いを取ろうと思い、
「夏苅先生の最初の35年間はどう見ても
人生の実力者とは言えないですよね」と
切り出そうと思いました。

しかし、柏木先生の真剣なまなざしと、
会場のシーンとした雰囲気を察知し、
急きょ前振りを、
「夏苅先生の最初の35年間はどう見ても
人生の実力者とは言えないように思いますが、
実際には、そんな患者さんは
たくさんいると思います」
と変えました。

ちょっと受けなかったのは残念でしたが、
まあ、うまく切り返せたのでよしとします。

これ以外にも夏苅先生には
「35年ぶりに会った柏木先生はどうでしたか」
という質問も投げかけてみました。

それに対する夏苅先生は
「枯れてなくて枯れている」と答え、
ちょっぴり皆さんの笑いを誘いました。

そんな、多少なりとも笑える答えを
期待していたので、
夏苅先生、OKでした。
(続く)