去る10月6日(日)に大阪で開催された
ホリスティック医学シンポジウムin関西は
無事終了しました!

今回は集客に苦労しましたが、
最終的には250名もの方々に集まっていただき
ホッとしました。
当初は100名も
集まらないのではと思っていただけに、
まあ、大成功?だったと言って
よいのではないでしょうか。

シンポジウムに来て下さった方々には、
その感動を再び味わって頂くために、
また、来られなかった方々には、
示唆に富む講演内容を知って頂くために
各演者の話を紹介させて頂きたいと思います。

開始前に、30年の歴史を綴った映像と、
「ホリスティックに目覚めるとき」を流した後、
相原由花さんの司会のもと、
第一の演者、辻信一さんの講演が始まりました。

演題は
「スローメディスンから見る豊かさと幸せ
~持続可能を越えて」でした。

私は辻さんのことを
環境問題の専門家という認識でしたが、
楽屋でいろいろ話を聴いてみると、
辻さん自身、あまり環境という言葉が
好きではないと言っていました。

それはなぜかというと、
環境と言うと、
どうしても「私」と「環境」というように、
両者が分離されてしまうからです。

辻さんの話の根底には、
物事をバラバラにして考えるのではなく、
つながりや全体性を大切にし、
何事もまるごと
とらえるべきだという考え方があります。

これはまさに
ホリスティックの考え方そのものです。

辻さんはブータンやラダッカ(インド北部)に
10年で30回くらい訪れており、
その土地の方々との交流もあるそうです。

ブータンでは
幸せや豊かさの質を大切にしており、
私たちがよく使っている
GNP(国民総生産)に対して
GNH(国民総幸福)という指標を提案し、
これは今、世界的に知られるようになりました。

幸せの質を高めるために大切にしているのが
心の豊かさや時間の使い方、
共同体の活力や自然環境などであり、
経済はその中のひとつの要素に過ぎません。

一方、私たちが豊かさの指標としているGNPは
どれだけお金が動いたかという
経済活動の大きさを測る指標であり、
その中には武器の生産やたばこの広告、
大気汚染や犯罪への対応に関わる費用なども
すべて含まれています。

その一方で、健康や教育の質、
絆の強さ、喜び、詩の美しさ、ユーモアといった
心の豊かさやゆとりに関わる事柄は
一切GNPには含まれていません。

つまりGNPでは、
人生を意味あるものにしてくれるものは
何一つ測ることはできませんし、
そこには生きがいに関わるすべてのものが
すっぽり抜け落ちてしまっているのです。

にもかかわらず
GNPを豊かさの指標にしているのは
経済成長を豊かさの中心に据えていることが
関係しています。

ところが、経済的な豊かさを追い求めた結果は
どうでしょう。

小さなものや遅いもの、少ないものは
どんどん排除され、
大きさ、速さ、多さを追求する巨大な力へと
取って代わってしまったのです。

例えば、商店街にある小さなお店は
巨大なショッピングモールに飲み込まれ、
下町の町工場や中小企業は
大企業の下請けを余儀なく
されるようになりました。

このように経済成長や巨大化を求める傾向は
ゆとりや人や自然とのつながりをなくし、
延いては自己破壊の道へと
突き進むことになります。

また医療においても同じことが言えます。
医学の前提は身体機械論であり、
心と体は切り離して扱われ、
機械の故障を修理するかのごとく、
身体の異常を見つけ
それを治すのが治療だと思われています。

身体ばかりに目を向ける今の医療は、
心の豊かさやゆとりの大切さ、
人々とのつながりといった
健康を考える上で
とても重要になってくるこれらの要素に
目を向ける余裕がなくなっています。

このような経済成長や
身体機械論的を前提とした考え方では
人々が幸せを手にすることはできません。

そうではなく、
何事もバラバラにして考えるという思考方法から
つながりや全体性を大切にした考え方に変え、
それに基づいたかかわりや対策が
重要になってくると辻さんは言っていました。

辻さんの言っていることは
とても重要なことだと思います。

ただ、経済成長と人間機械論に
どっぷり浸かりきっている
現代文明の人々の思考回路を
どのようにして
ホリスティックな視点に目覚めてもらい、
実際にそれを変えていけるのか、
そこが一番難しいところだとも思いました。