前回は、自分は十分に幸せを感じると書き、
その前提となる三つの視点についても
述べました。

それは紛れもない真実なのですが、
その一方で、
本当にこれだけでよいのだろうかという思いが
あるのも事実です。

私は昔から常識にとらわれるのが嫌いで、
人と同じことをするのが
好きではありませんでした。
だからこそ、
ずっと自分の好き勝手にやってきました。

私の最も関心のある心理療法にせよ、
最初は当然、みんなと同じことを学びましたが、
次第に、その枠にとらわれているのが嫌になり、
自分のやりたいようにやっていました。

まあ、独創的と言えば聞こえがよいのですが、
要は協調性がなく、
あまのじゃくだということです。

でも、そんな自分が嫌ではありませんし、
このスタイルを変えようとも思っていません。

ただその一方で、
昔から気になりながらも
未だに取り組もうとしていないことがあります。

それが「感謝」と「思いやり」です。
この二つはどうも美しすぎて、
私のような自分勝手な人間には馴染まないのです。

でも、そうは言いながらも、
やはりどこかで気になっているというのが
正直なところです。

感謝や思いやりは、
人間関係や対人関係を円滑にするためには
必要不可欠なものです。

私自身、孤独が好きであり、
人と積極的にかかわったり、
群れたりするのがあまり好きではないので、
感謝や思いやりの気持ちを持つ機会が
少なかったという言い訳は
できるかもしれません。

ただ、やはり還暦を迎え、
一つの節目でもあるので、
ここはもう少し、
自分を成長させるという意味でも、
感謝や思いやりの気持ちを持つ「練習」を
してもいいかなとは思っています。

このような思いは
持とうと思って持てるものではありません。
頑張って持とうなどと考えると、
義務感やわざとらしさが出てしまい、
自分がしんどくなるだけです。

何事にも「感謝」とか言われると、
うんざりするのですが
あくまでも「練習」として
感謝や思いやりを意識して、
ほんの少しだけそれを実行に移すくらいなら
私にもできるかもしれないという気がします。

ちょっぴりだけ感謝や思いやりが
持てるようになれば、
人との関わりも、もう少し楽しめるように
なるかもしれないと密かに思っています。

こんな思いになったのも、
もしかしたら最近読んだ、
稲盛さんのJAL再生物語の本が
影響しているかもしれません。

稲盛さんは京セラを作り、KDDIを作り、
さらには不可能と言われた
JAL再生までも成し遂げた人です。

その根底にある思いのひとつが
「利他の心」なのです。

自分勝手であまのじゃくで
人とかかわるのが好きではないと、
悪ぶるのも悪くはないのですが、
還暦を機に「利他の心」にも
少しは関心を向けてもよいのではないかと、
思ってしまったのです。

私の場合、先ずは
感謝と思いやりの練習からです。
しばらくそんな思いを意識しながら、
日々を過ごし、
その中から少しでも「利他の心」の
まねごとでもできたらと思う、
今日この頃です。