私が心療内科医をしていた頃は、
多重人格(解離性同一性障害)の患者さんが
比較的多くいたように思いますし、
実際私自身も、少なくとも4人の患者さんを
治療した経験があります。

今は私も現場から離れてしまったせいもあり、
多重人格の話を聞くことも、
患者さんにお会いすることも
ほとんどなくなってしまいました。

でも、その頃のことを振り返って見ると、
「無意識」は「意識」を凌駕する力を持っている
という事実をはっきりと教えてくれたのが
この多重人格という現象ではないかと
改めて考えるようになりました。

例えば、ある患者さんは、
父親からの性的虐待を受けた苦悩の過去を
多重人格という現象を通して、
それを乗り越えようと
しているようにも見えました。

普段の彼女は、ごく普通の女性であり、
自分は父親のことを好きだとも言っていました。

ところが、もう一人の人格が出てくると、
「自分は、父親から受けた性的虐待に
じっと耐え続けていたのに、
こいつ(普通の人格の方)は、すぐに逃げ、
私だけに苦しい思いを押しつけた!」
と、苦々しい口調で語っていたのを
今でもはっきりと覚えています。

普段の彼女の、父親に対する嫌な記憶は
「無意識」の中に、つまりもう一人の人格に
しまい込まれているからこそ
普段はごく普通に日常生活が送れるのです。

しかし、普段の彼女が
性的虐待を受けているとき、
自分の意識は、
もう一人の人格という「無意識」に
取って代わるため、
その事実は意識には
残らないですむというわけです。

これは、自分の心を守るための防衛手段であり、
「無意識」の力が意識を包み込んでくれるからこそ、
日常では、そのことを思い出さずにすみ、
日常生活も普通に送ることができるのです。

このような患者さんを診ていると、
「無意識」が持っている
自分を守り、自分を癒す力、
つまり「心の治癒力」の奥深さを
痛感せずにはいられません。

また、多重人格の患者さんに見られる、
無意識の力(心の治癒力)が、
身体に及ぼす影響も見逃せません。

例えば、別人格が自分は糖尿病だと
思い込んでいる症例では、
通常の人格の血糖値は
正常であるにもかかわらず、
別人格が出てきているときは、
血糖値は上昇し、医学的な見地から
糖尿病だと判断できる状態に
なってしまうとい症例が複数記録されています。

他にも、どの人格が出てくるかによって
アレルギー反応の有無が変わるという
ケースも報告されています。

例えば、本人を含め、多くの別人格は
オレンジジュースのアレルギーを持っており、
一口飲んだだけで全身に発疹が出るのですが、
唯一、一人の別人格だけは
そのアレルギーがありませんでした。

そのため、アレルギー反応で
全身に発疹が出ている状態でも、
その別人格に入れ替わると
たちまちその発疹は治るという症例が
実際に報告されています。

これなどは、別人格という無意識の力が
アレルギー反応を改善させたと解釈でき、
そう考えると、無意識の力のすごさに
驚嘆せずにはおれません。

無意識とは「心の治癒力」に他なりません。
「心の治癒力」が本人を癒したり、
症状をも改善させたりする力を
持っているということを
多重人格のケースを通して、
再認識した次第でした。