最近、大竹文雄、平井啓編著の
「医療現場の行動経済学」(東洋経済)を
読みました。
行動経済学に関心のある私にとって、
これはとても勉強になる本でした。

その中で、
人工呼吸器を外すことに関する問題が
取り上げられており、
とても興味深く読ませてもらいました。

実は、人工呼吸器を一度つけたら
たとえ助からないとわかっていても、
外すことができないと誤解している医者が
未だにたくさんいます。
(もしかして読者の皆さんもそうでしたか?)

医学的に回復困難であり、
患者や家族が延命治療を希望しないという意志が
はっきりしている場合は、
人工呼吸器を外すことは
医療的に何ら問題のないことです。

もちろんそれで亡くなることが多いのですが、
それで殺人罪や自殺幇助の罪に
問われたりすることは
過去10年以上、一度もありません。
(報道されたことはありますが全て不起訴です)

もしも、それで罪に問われるとしたら、
心臓マッサージ(今は胸骨圧迫と言います)も、
ずっとやり続けないといけないことになります。

通常、心臓マッサージを30分以上しても
心拍が戻らない場合、
家族の同意の下、心臓マッサージを中止します。
当然のことながら、心臓は止まり、
患者さんは亡くなります。

これは救急外来で普通に見られる光景ですが、
これと人工呼吸器を外すこととは、
構造的には全く一緒です。

にもかかわらず、多くの医者は、
なぜ人工呼吸器を外すことには
ためらいを感じるのでしょう。

そこには、医者のみならず
誰もが持っている思考のクセが関係しています。

心臓マッサージは、思いの他重労働であり、
一人の医者が何分も続けることは
体力的に困難です。
そのため1分程度したら次に人に変わる、
という作業を繰り返すことになります。

人の命がかかっていると言っても、
こんな重労働は
早くやめたいと思うのが普通です。

そのため、十分な時間、心臓マッサージを施し、
もうこれ以上続けても意味がないと
思われた段階で
やめる方向に気持ちは大きく傾きます。

そこで家族に説明し、
中止することに同意してもらった上で
心臓マッサージをやめることになります。

一方、人工呼吸器の場合はどうでしょう。
これは機械が自動的に呼吸をさせているため、
医者は特に肉体的な辛さはありません。

そのような状況では、
「現状維持バイアス」と呼ばれる
思考のクセが働きます。

これは、変化を嫌い、
現状を維持しようとする思考のクセです。
人は、できたら今と同じことをし続けたいと
無意識に思ってしまう生き物なのです。

だからこそ、
人工呼吸器を敢えて中止するという行為よりも、
とりあえず続けておくという行動を
知らず知らずのうちに選択してしまうのです。

また「不作為バイアス」という思考のクセも
関係していると思われます。

これは、何か悪いことが起こった場合、
自分が何もしなかったために起こった場合より、
自分が何か行動をした結果、
悪いことが起こった場合の方が、
より悪いことをしたという認識を
持ってしまう思考のクセです。

ですから、人工呼吸器を外した結果、
患者さんが亡くなったという状況よりも、
人工呼吸器をそのまま続けたけれども
結局亡くなったという状況の方が、
圧倒的に悪いことをしてしまったという意識が
軽くなります。

もちろん、条件さえ揃っていれば、
人工呼吸器は外せるということを
医者が知らないことには話になりません。

人工呼吸器を外せるということを知っていても、
それが死につながる可能性が高いと思うと、
いざとなると躊躇してしまうのが人間なのです。

医療現場における治療の問題は
単純ではないとこの本をよんで
つくづく感じました。

なお、人工呼吸器を外すことについて
もう少し詳しく知りたい方は、
ブログ「人工呼吸器を外しても罪にはならない」
お読み下さい。