ブログ:医療現場とプロスペクト理論

先日、緩和医療学会に参加してきましたが、
その中で一番面白かったのは、
平井啓先生の行動経済学の話しでした。

この話の中で出てきたプロスペクト理論は
とても有名なので私も知ってはいたのですが、
これを医療の中でどのように
応用できるのかについては
今回の話を聞いて始めて腑に落ちました。

まず、このプロスペクト理論について
私なりにできるだけわかりやすく説明します。

具体的な例で説明した方がわかりやすいので
先ずは、以下の二つの問題を考えてみて下さい。

状況1および状況2にはそれぞれ、
二つの選択肢があります。

状況1 
① 確実に1万円もらえる
② 50%の確率で2万円もらえ、
50%の確率でお金はもらえない。
あなたは①②のどちらを選びますか

状況2 
① 確実に1万円を失う
② 50%の確率で2万円失い
50%の確率でお金は失わない
あなたは①②のどちらを選びますか

先ずは各状況において、
自分ならどちらの選択肢を選ぶか
各々で答を出してから以下を
読み進んでみてください。

状況1も状況2も
各選択肢の期待値は全く同じで、
状況1はプラス1万円、状況2はマイナス1万円です。
合理的(数学的)に考えれば、
どちらの選択肢を選んでも同じことになります。

ところが、たいていの人は
状況1では、①の確実に1万円をもらう方を、
状況2では、②の確率に賭ける方を選びます。

これは人が無意識レベルで行われている
脳のクセによる判断なのです。

つまり状況1では、
全くお金がもらえないというリスクを
回避するために
確実に1万円が手に入る
①を選択する傾向があります。

一方、状況2のように
どちらにせよ損をするという状況では、
確実に1万がなくなる①よりも、
たとえ2万円を失う可能性があったとしても、
もしかしたら損をしないですむかもしれないという
②に賭けてみようという思いになるのです。

状況1がリスクを回避するのに対して、
状況2ではリスクを追及してしまうのです。

このように
得することも損することもありうる状況では、
人はできるだけ
損失を回避しようとする心理が働き、
どちらに転んでも損をする状況にあるときには、
できるだけ損失を少なくしたいという心理から、
たとえリスクがあったとしても、
一か八か賭けてみようという気に
なってしまうというのが
プロスペクト理論の意味していることです。

また人は、損失と利得を比較した場合、
損失は利得よりも
強く感じるというクセを持っています。

たとえば1万円をもらううれしさと、
1万円を失う悲しさを比べると、
同じ金額だからうれしさや悲しさは
同じ程度かと思われますが、
実際にはそうではなく、
悲しさの方がうれしさより
1.5~2.5倍大きいと言われています。

つまり損失は利得よりも
2倍程度強く感じるということです。
そのため人は、できるだけ
損失を避けようとする思いが働くというのです。

これを医療現場では、
抗がん剤治療が効かなくなった患者さんに、
主治医が「そろそろ治療を中止ましょう」と
伝える場合の患者さんの反応などに
このパターンが見られます。

ほとんどの患者さんは
死にたくないと思っています。
しかし抗がん剤治療を中止するというのは
近い将来死を迎えることを意味しています。

そうであれば、たとえ
抗がん剤の副作用でよりダメージを受け、
かえって早く亡くなってしまう可能性が
十分にあったとしても、
奇跡的に効く可能性に賭けて、
もう一度抗がん剤に挑戦したいと、
主治医にお願いするという患者さんも
少なくありません。

これなどは状況2に近いと思われますが、
結局、主治医の方も
そんなに言うのであればということで、
より悪くなることを十分に予想しながらも
さらに抗がん剤を何回か続けるというケースも
多々あります。

合理的に考えれば、
抗がん剤をやめるという選択肢の方が、
よいと思われるのですが、
実際には抗がん剤を
続けたいと思う患者さんが少なくないのは、
このプロスペクト理論で
説明できるというわけです。

これが人間の心理であり、思考のクセです。
人は物事を合理的に考えられる生き物ではなく、
少々偏った考え方に基づいて
考えたり判断を下したりする生き物なのです。

そのことを十分に理解した上で、
患者さんに説明をする必要がありますし、
患者さんの意志決定を支援する際にも
人にはこのような思考のクセがあることを
よく知っておく必要があります。

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

    CAPTCHA


    このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください