以前、クラシック好きの患者さんが
入院していました。

彼の部屋には、たくさんの
クラシックのCDが置いてあり、
それをベッドに横たわり、よく聴いていました。
主に聴いていたのは
アリアやオペラといった声楽曲でした。

私も昔からクラシック音楽は好きでしたが、
聴いていたのはオーケストラ曲ばかりで、
声楽曲はほとんど聴いていませんでした。

彼は、しきりに声楽曲のよさを語ってくれ、
これはいいと言って、DVDを貸してくれました。
オーケストラ曲は通常、CDなのですが、
そのときに貸してくれたのは、
野外コンサートの模様をDVDにしたものでした。
(歌手の名前は忘れました)

手渡されたDVDのケースの写真を見た途端、
これは一度聴いてみなくてはという気に
なってしまいました。

なぜならば、その写真が
どう見てもモデルさんとしか思えないほどの
きれいな人だったからです。

DVDで映像を見ながら音楽を聴いてみると、
まさに女優のような美人が、
これまた美しいソプラノで
数々の楽曲を披露しているではないですか!

その映像を見ながら、
釘付けになるというのは
こういうことなんだなと
変に納得してしまいました。

こんなこともあり、
突然、声楽曲もいいなと
思うようになってしまったのです。

このときに、ふと気づいたのです。
歌手の場合、声が楽器ですが、
それに勝るとも劣らず
容姿もセットになっているんだなと。

本来は、歌唱力だけで評価されるべきですが、
その人が飛び抜けて美人だとなれば、
大いに魅了され、評価も上がります。
容姿の美しさは、間違いなく
人の心に影響を及ぼすものなのです。

ピアノでもバイオリンでも声楽でも
国際音楽コンクールなどで、
最後まで残る人たちの技術的な実力は
五十歩百歩です。
では、最終的な決め手となるのは何か。

こんなことを言うと怒られそうですが、
その人が醸し出す雰囲気や容姿が
審査員の心理に影響を与え、
誰を1位に選ぶかという判断に
影響を及ぼしていることは事実です。

もちろん、審査員はあくまでも
容姿は関係ないと言い張りますが、
人の心は、理屈で考えていることと、
実際に感じ、行動してしまうこととは
全く別だということは
心理学ではよく知られた事実です。

たいていの人は、
食べてはいけないと思いながらも間食をし、
洗い物をしなくてはと思いながらも、
テレビを見続けるのです。
当然、美しいものや安らぎを覚えるもにには
心惹かれてしまうのが人間なのです。

これは裁判所の判決のような
決して私情を挟んではいけないと
わかっているところでさえ、
外見や容姿は判決に影響を及ぼすことが
わかっています。

例えば、
詐欺や窃盗で捕まった女性の刑期を調べてみると
美人が詐欺で捕まった場合、
刑期は平均よりも長くなり、
窃盗で捕まった場合は
刑期が平均よりも短くなる傾向にあります。

これはどういうことかと言うと、
美人が窃盗で捕まった場合、
こんなに美人なのに窃盗を働くのは、
さぞかし辛い経験をしていたに違いないと思い、
陪審員の刑期を少なくしてあげたいという
心理が働きます。

一方、詐欺の場合は、
自分の美貌を利用して人を騙すなんて許せない、
という心理が働くため、
刑期は平均より長くしようという心理が働くと
考えられています。

一般的には、美人コンテストでもない限り、
容姿や外見をものごとの判断基準に
してはいけませんし、
またすべきでもありません。

とは言うものの、人間の無意識はそれを許しません。
頭では、判断基準にすべきではないと思いながらも
知らず知らずのうちに、
容姿や外見に影響を受けてしまうものなのです。

男性も女性も、これは一緒です。
誰もがわかってはいることですが、
敢えてそんなことは言わずに、
もっともらしい判断理由をつけて
ものごとを評価している、
それが人という生き物なのです。