以前、大腸がん末期の
70歳の男性が入院していました。

がんであることがわかったのが
一年半ほど前だったのですが、
そのときから突然、
趣味として写真を始めたのでした。

その後めきめきと腕を上げ、
一年もしないうちに
写真コンクールで入賞するほどの腕前に
なったのでした。

全く写真などやったことのない彼が
写真をやりたいと思い立ち、
ある写真家の先生のところに
習いに行こうと思ったのですが、
そんな年から始めてもうまくならないと言われ
最初は断られたそうです。
それでもしつこくお願いをして
ようやく教えてもらえるように
なったとのことでした。

ところが一年もしないうちに
その先生と同じくらいのレベルの写真が
撮れるようになってしまったので、
先生もびっくりするやら焦るやらと
色々大変だったようです。

病室で、この一年で撮った写真を
いろいろ見せてもらったのですが、
そのときに、たくさんの興味深い話しを
聞かせてもらいました。

例えば、ど素人の私から見ると、
どの写真も「きれいな写真」「美しい写真」としか
見えないのですが、
プロの目から見ると、
それが全く違うように見えるようです。

例えば、日の出前の朝もやでかすむ
沼地の写真があったのですが、
プロが見ると、
この瞬間のこの条件のこの位置の
この構図でとれたからこそ
この写真は優れた写真になったのであり、
どれかひとつでも欠けていたら、
それは単に美しいという、どこにでもある
普通の写真になってしまっていたと言うのです。

プロはそのような視点で
写真を見ているんだということを
始めて知りました。

それから、私がなるほどと思ったのは
構図の話しについてでした。
風景を見た場合、どの部分を切り取って
写真にするかというのがあるのですが、
それは風景を見たら、
この位置、つまりこの構図でしか
この写真はあり得ないというのが
わかるというのです。

素人からすれば、
美しそうな風景をバチバチ撮ればいいと
思ってしまうのですが、
どうもそうではないようです。

しかし、なぜこの患者さんは
たった一年で
こんなにプロ並みの腕になれたのかが
不思議でたまりませんでした。

そこであるとき本人に聞いてみました。
実は、彼は長年、
婦人服のデザインの仕事をしており、
勉強のためにありとあらゆる
デザインを見てきたというのです。

服のデザインでも構図というのが大切で、
全体のバランスや各要素の配置など、
様々な視点をもって、
ひとつの服をデザインするというのです。

つまり、この患者さんはどのような構図が
その服にとって最もよいデザインになるのか、
その感覚を仕事で身につけていたのです。

全くの素人で始めたにもかかわらず、
あっと言う間にプロ顔負けの写真が
撮れるようになったのは
まさに、最も適切な構図をイメージできる力が
すでに備わっていたからだったのです。

この話を聞きながら、
私が患者さんの悩みを聴いているときと
似ているなと思いました。

患者さんの悩みを解決するための
カウンセリングでは
問題の解決に利用できそうな
様々な可能性やつながりをイメージしながら
話を聴きます。

写真を撮る際、
沼地の周りにある草木や遠くの山、
もやのかかり具合や空の色、
それらが絶妙なバランスで配置されたとき
その写真の美しさが最も際立ちます。

問題解決のためのカウンセリングも同様で、
クライエントの持っている思いや希望、
周囲の人との関わりや関係性、
クライエントを取り巻く環境、
そういった要素を頭の中で配置し、
クライエントの「心の治癒力」が
最大限に発揮できる、
そんな「構図」をイメージするのです。

風景でも患者さんの悩みでも
そのものをだけを見ていても
その持ち味を十分に引く出すことはできません。

それそのものが持っている
特性や可能性はもちろんのこと、
それとつながっている周囲や環境との関係性や
それらの要素がどのように働いたときに
それは最大限に活かされるのか、
そのような視点で
見たり話しを聴いたりしていないと、
結局は、ただ単に写真を撮った、
ただ単に悩みごとを聴いた、
ということになってしまうのです。

この患者さんの話を聴きながら、
物事の本質はすべて一緒なんだなと、
一人勝手に感動していました。