私たちはある印象的な出来事や体験は、
正確に記憶していると
思っていることが多いのですが、
ほとんどの場合はさりげなく
書き換えられているのが一般的です。

人間はすべてを正確に記憶することはできません。
どうしても曖昧なところや
記憶が欠落しているところがあります。

その部分を埋めるために人間の心は
知らず知らずのうちに
その欠落部分を埋め合わせるために
自分の思いに合った記憶をでっち上げ、
その記憶を人は本当にあったことだと
信じてしまうのです。

記憶は失われるだけでなく、
同時に付け加えられていく傾向にあるのです。
物語の全体的な枠組みは維持されますが、
細部は脱落したり変化したりします。

物語は短く単純なものに変わり、
他のいくつかの要素が付け加えられ、
解釈しなおされたりすることで、
新たな物語が記憶として残るのです。

その際、その人の知識や信念が
その記憶に影響を及ぼし、
ゆがめられた記憶が
作り上げられることになります。

また、人は全く経験していないことでも
経験したことがあるかのように
記憶として植え付けられることが
数々の研究で明らかになっています。

例えば、熱気球に乗ったことがない
20人の被験者とその家族を一人ずつ集め、
家族にはこっそり、
被験者が4歳から8歳の間に起きた、
重要な出来事だと思われている写真を
3枚提供してもらいます。

また、他に何枚か提供してもらった写真を使って
被験者が熱気球に乗っている偽の写真を作ります。

被験者には本物の写真と偽物の写真を見せ、
それぞれの写真の場面についてできるだけのことを
思い出してもらうようにします。
何も思い出せなかった場合は、
写真に写っていた自分の姿を
思い浮かべるように指示します。

このようなことを3日から7日の間隔をあけ、
さらに2回繰り返します。
すると最後には、被験者の半数が
熱気球に乗った記憶を思い出したというのです。

これ以外にも、
ショッピングモールで迷子になったことがある、
獰猛な動物に襲われたことがある、
ねずみ取りに指をはさんだことがある、
高熱を出して一晩入院したことがある、
などといった記憶を
被験者に植え付けることができたという研究が
報告されています。

このように偽った記憶は
簡単に植え付けることができてしまうのです。

ましてや、似たような体験は
簡単に融合した記憶になってしまいますし、
自分が信じたいと思っていることなども
知らず知らずのうちに
実際にあった出来事に
でっちあげられてしまうのです。

そのため犯罪の目撃証言などは
実はあまり当てにならないことが知られています。
目撃者や被害者が
確信を持ってこの人が犯人だ!と言っても、
そのうちに20~25%が実は間違っているという
研究データもあり、
いかに人間の記憶というものは
自分の都合や思い込みで
作りかえられてしまうかがよくわかります。

実際、記憶間違いによる目撃証言により
無実の罪で実刑判決を受けた冤罪事件は
かなりの数に上ると言われています。

人の記憶とは、
それ程不確かなものなのですが、
それを確かなものだと
確信してしまっているところが、
また問題なのです。

自分の記憶などはその程度のものだということを、
先ずは知っておくことが大切ではないでしょうか。