先日、患者さんや家族の思いが、
不可能だと思える希望を
叶えることもあるんだということを
実感する体験をさせていただきました。

その女性は29歳の乳がん末期の患者さんであり、
すでに肺にも転移があったため呼吸困難感が強く、
鼻や口から10リットル/分以上の
酸素をしていましたが、
それでもかなり息苦しそうでした。

最後は地元の病院で迎えたいという思いもあり、
他の病院から転院してきたのでしたが、
来たときにはすでにかなり状態が悪く、
数日の命かも知れないと思われました。

意識ももうろうとし、
会話もほとんどできない状態でしたが、
両親から、本人は30分でよいから
家に帰りたいと言っていたので、
何とかそれを実現させてあげたいという
思いを持っていました。

転院してきた時の状態を見ると、
もし家に帰るのであれば
一時も早い方がよいと思い、
次の日に、少しだけ
家に帰ってもらうことにしました。

そうは言っても、
実際には酸素ボンベの手配や搬送手段の確保、
家まで付き添う医者やナースをどうするかなど、
たくさんのすべきことがありましたが、
それらをなんとかクリアし、当日を迎えました。

朝方、病室に行くと、
テーブルにもたれるようにしていましたが、
意識はすでになく、
呼吸状態もかなり悪くなっており
すでに顎を動かしアップアップしたような呼吸を
している状態でした(下顎呼吸)。

この状態では、体を少し動かしただけでも
呼吸が止まりかねません。
ですから、ベッドからストレッチャーに
移動させるだけでも困難であり、
自宅に帰るのは無理だろうと思っていました。

たとえ、家に帰ることを強行したとしても、
移動の途中や自宅で亡くなることは
十分にあり得る状態でした。
そのため、このような危険性も
十分にありうるということを説明した上で、
あらためて両親に意思を確認したのですが、
本人の強い希望だったので、
是非帰らせてあげたいとのことでした。

そうであれば、呼吸が止まることなく
病院に戻ってこられるのを祈りつつ
送り出すしかありません。
すぐさま最終準備を整え、
ベッドごと救急室に運び、
そこでストレッチャーに移し替え、
救急車に移動させました。

移動の際も、いつ呼吸が止まるか
わからないような状態でしたが、
今は止まらないでくれと、
心の中でずっと祈っていました。
なんとか救急車は出発、無事自宅に到着しました。

家に着き、自分のベッドにも移動でき、
そこで3時間過ごすことができました。
家族や親戚、友達が集まっており、
思い出話に花を咲かせながら、
笑いに満ちた、
明るく楽しい時間を過ごすことができました。

そろそろ酸素ボンベが切れるという
限界の時間まで家で過ごし、
その後、無事病院に戻ってくることができました。
もちろん意識はなく、
呼吸状態もさらに悪くなっていましたが、
血圧はしっかりと測れました。

病院に戻ってきた2時間後、家族が見守る中、
静かに息を引き取りました。

母親はずっと泣いていましたが、
父親はそれまで、無事に帰れて本当によかったと、
一生懸命に笑顔でしゃべっていましたが、
死亡確認の時刻を告げた瞬間、
堪えていた涙が一気に溢れ出し、
しばらく顔を覆い、
悲しみにうち拉がれていました。

この患者さんは
若かったこともあるかも知れませんが、
あれだけ呼吸状態が悪いなか、
家に帰れたというのは
奇跡としか言いようがありませんでした。

私は本人や家族が希望すれば、
状態がかなり悪くても、
できるだけ家に帰らせてあげようと思うのですが、
呼吸状態が悪い場合は、
ちょっと体を動かした拍子に
呼吸が止まるということがよくあるため、
正直言って、今回だけは
帰るのは無理だと思っていました。

でも、家に帰ることができたのです!
今でも、信じられないという思いで一杯です。
まさに、本人や家族の強い意志が
そうさせたのだと思わずにはいられませんでした。

とにもかくにも、貴重な体験をさせて頂きました。
そして改めて、思いの強さが
不可能を可能にするという現実を
思い知らされた気がしました。