先日、長野県の篠ノ井総合病院で
「患者目線から見た緩和ケアの実際」
というテーマで講演をさせて頂きました。
当日は医師やナースをはじめ、
たくさんの職員の方々に集まって頂きました。

私が考え実践している緩和ケアについて
1時間半にわたり話をさせて頂いたのですが、
その中で比較的評判がよかったのが
スピリチュアルケアの話でした。

スピリチュアルケア(以下SC)の定義は
まだ明確なものはありませんが、
例えば、若くして末期がんになってしまい、
「どうして私だけが‥」といった、
答のない深い苦悩を抱えた患者さんに対して、
その苦しみを和らげるようなかかわりをするのが
SCといったところでしょうか。

緩和ケア領域に携わる医者やナースにとって
SCは特に関心の高いテーマであり、
また、色々な人が自分なりのSCについて
講演をしたり本を書いたりもしています。

しかし私はこれらのSCには
どうも違和感を禁じえません。
というのは、どれも哲学的、宗教的だったり、
言っていることが理想論のように聞こえたりして、
現場で日々患者さんを見ている私には
どうも馴染まないのです。

極端な話、自分の不幸を嘆き悲しみ、
絶望している患者さんが、
SCをすることで、死や苦悩を受容し、
心穏やかに亡くなっていくような、
そんなイメージをSCに持っている人が
少なくないように思うのです。

私に言わせれば、
患者さんに、死や苦悩を受容するのを
求めることそのものが理想論であり、
無理があると思うのです。
第一そんなことが
簡単にできるはずがありません。

そんな、できそうにもないことを
しようとするようなイメージがあるので、
SCはとてつもなく難しく高尚なことのように
思われてしまうのではないでしょうか。

私は、そんな死の受容などといったことを
めざすのがSCだとは思っていません。
どんな状態の人であれ、どんな苦悩であれ、
その人が、ほんの少しでも、
また一時的にであれ、部分的にであれ、
今の苦悩が少しでも楽になるようなケアであれば、
それらは全てSCだと思っています。

例えば、死の恐怖に怯え、
自分の不幸を嘆き悲しんでいる患者さんが、
アロマセラピーを受けることで、
ほんの一瞬、気持ちが楽になったとしたならば、
それは紛れもなくSCだと思うのです。

さらに言うならば、あるナースが、
その患者さんの傍にいてあげることで、
気持ちが楽になり、心が和んだのであれば、
これも立派なSCだと思うのです。

つまりアロマセラピーによるかかわりだって
十分SCになり得るし、
ナースの存在そのものもだって
それで患者さんが少しでもホッとするのであれば、
それも明らかにSCなのです。

ですから、絶望感をなくすとか死を受容するとか、
そんなことばかりを目標にするのではなく、
どんな状態の患者さんであれ、どんな方法であれ、
先ずはほんの少しでも
楽になるようなかかわりを考え行動する、
それでよいと思っていますし、
それがSCの本質だと思っています。

そのようなSCの積み重ねの結果として、
時には絶望感が和らいだり、
死の受容につながったりすることはあるでしょう。
最初から高い目標をめざすよりも、
その方がずっと自然だと思います。

SCの定義や考え方について
宗教的、哲学的な言葉を羅列しながら
あれこれ小難しい議論をするのも
悪くはありませんが、
先ずは患者さんのところに行き、そっと手を取り、
何も語らずとも、傍でじっと一緒にいてあげる、
そんなかかわりの方が
ずっと患者さんには役に立つと思います。

皆さんも、先ずは
苦悩する患者さんの「今」に目を向け、
身近なかかわりから
スピリチュアルケアをはじめてみませんか。
それがスピリチュアルケアの第一歩であると同時に
最も大切なケアのひとつだと私は思っています。

なお、スピリチュアルケアに関しては、
「がん患者とスピリチュアルケア
~緩和医療と心の治癒力」という講演を
平成28年7月31日(日)名古屋で、
平成28年8月11日(祝)神戸で行います。
(いづれも関西看護出版主催)
興味のある方は是非おいで下さい。