前回は「心の問題の原因は特定できない!」
ということについて書きました。
今回は、原因がわかれば
問題は解決するという原因志向の考え方は
心の問題にはあまり役立たないというお話しをします。

原因志向の考え方は
私たちが普段、
問題を解決しようと思ったときに使っている、
ごく一般的な考え方のひとつです。
これは、問題には必ず原因があり、
それを見つけ、取り除くことで
問題は解決できるという考え方です。

我々の社会ではほとんど全て、
この考え方に基づいて
問題の解決に取り組んでいると
言っても過言ではありません。

例えば、科学的な考え方の根底には
原因志向がありますし、
病気や事故への対応や
予防対策においても同様です。
そこには必ず原因があり、
その原因を見つけることで
問題は解決できると考えています。

しかしこの原因志向がうまく機能するのは、
原因と思われるものが
ある特定のものや事柄に限定され、
なおかつ、それを取り除いたり修正したりすることで、
問題が解決できるような場合に限られます。

例えば、交通事故で運び込まれた人が
お腹をひどく痛がり、
どんどん血圧が下がっていたとしましょう。
調べてみると、
お腹の中の血管が破れ、出血していたことが原因で
ショック状態に陥っていることがわかりました。

このようなときには緊急手術をして、破れた血管を縫い、
輸血をすればこの患者さんの命は助かります。

このケースでは、
原因は血管の破裂による出血だということが
はっきりしています。
そして手術をして血管を縫い、
輸血をすることで問題は解決できます。
このように身体的、物質的問題や
機械的に対応できる問題には
原因志向は大いに役立ちます。

科学や医学といった分野では
原因志向は絶大なる力を発揮するため、
私たちの日常における問題に対しても
この考え方は十分に役立つと思われがちですが、
実際はそうではありません。

その代表が人間関係をはじめとする、
心が関与しているような問題です。
この場合、実は原因志向はあまり役立ちません。

なぜならば、たとえ原因がわかったとしても
それを取り除くことができないからです。

もう少し説明しましょう。
例えば、職場にどうしても合わない
同僚がいたとしましょう。
彼女は自分勝手で、
ちょっとしたことですぐに短気を起こし、
それでいて仕事は雑なので、
しばしば対立し喧嘩になってしまうことが
問題になっているとしましょう。

この、喧嘩や対立の原因を考えると、
様々な要因やきっかけはあると思いますが、
最終的には、
彼女の思いや態度、性格に辿り着くことになります。
つまり、彼女の自分勝手な考え方や雑な性格が問題であり、
それが少しでも改善されれば
関係性はよくなると考えるわけです。

しかし相手を変えることはできないというのは
誰でも知っています。
そうなると自分が変わるしかありません。
つまり彼女に対する見方や考え方を
先ずは変える必要があるのです。
例えば、彼女の自分勝手な振る舞いを
自由奔放な人だと受けとめるとか、
仕事の雑さを、
小さなことにこだわらない人だと考えるといった具合です。

このような対応は頭ではわかっていても
実際にはなかなかできるものではありません。
たとえ、多少できるようになったとしても、
それで彼女に対して優しくなれるでしょうか、
好きになれるでしょうか、友達になれるでしょうか。

普通はそんなふうにはなりません。
それが人間という生き物なのです。
相手に対する思いや感情は
そう簡単には変えられないのです。
ここが人の心が、機械やモノと大きく違うところです。

つまり、思いや感情、
考え方に原因があると考えられた場合、
壊れた機械の部品を交換するように、
その思いを変えることなどできないのです。
嫌いだと思う心を好きだと思う心には変えられないのです。

もちろん、人の心は
全く変わらないかというとそうではありません。
現に、仲の悪かった夫婦が
再び良い関係になることだってあるし、
自分のことが嫌いだった人が、
自分を受け入れ、
好きになったという人もたくさんいます。

この人たちはなぜ変わったのかというと、
原因を見つけ、それを変えたからではなく、
様々なきっかけや経験によって、
ものの見方が変わったのです。
つまり、人間の心は変えようと思っても
変えられるものではありませんが、
何かのきっかけによって、変わることはあります。

実は、心の問題を解決するためには、
原因を見つけることよりも、
思いが変わる「きっかけ」をどうやって作るかの方が
ずっと大切なのです。
これについては、いずれ詳しくお話しします。

そのようなわけで、
心の問題は、いくら原因を見つけても
機械を修理するようにはいかないため、
原因を見つけて問題を解決するという考え方は
あまり役立たないというわけです。
これが、原因志向では
心の問題は解決できないという理由です。